むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「この鳥、怪我をしているのね」
ジェイドが一羽の鳥を抱えているのを見て、カナリアが言う。
今の時間、ジェイドはただ門の側に佇むだけ。とはいっても、これもまた正式な門番の仕事である。交代の時間が来るまでは、カナリアのお喋りの相手だ。
「治療しているんだ。もう遠くへは飛べないかもしれないけれど」
「どれくらいかかるの?」
傷を抱えた白い鳥は、門番の腕の中で体を小さく上下させて眠っていた。
「この冬いっぱいくらいはかかるかなぁ」
純粋な瞳に、微かに首を振った。
すると少女は一瞬何かを考えた後、益々瞳を輝かせジェイドを見上げた。
「じゃあ、私に世話をさせて」
その傷ついた鳥の羽根を、優しく優しく撫でながら。
労わり、愛しむように。
「冬は仕事が無いから、たくさんここへも来れる。それに、今は忙しいんでしょう?」
小さな空見習いの言葉に、ジェイドは戸惑いを見せた。
事実、冬は渡り鳥の多い季節で、まだ今年の鳥の数を集計し終えていない。この鳥の世話をしていられるのは門の見張りの時間だけで、その他の仕事時間は忙しい。
それに、と彼は考える。
期待に胸を弾ませる、幼い少女。
暫く悩んだ末、微かに笑いながら頷いた。カナリアのその希望に満ちた表情と、熱意に負けて。
「じゃあ、任せようかな」
そうして、抱いていたその鳥をカナリアに託した。
少女は微笑む。
その小さく柔らかい生き物を、壊してしまわないようそっと包み込んで。
季節の移り変りというのは早いものである。
ましてや、地上と比べて空の上は更に。カナリアがこの空の街にやってきてから、もうひととせが廻っていた。
「カナリアは元気にしていたみたいだな」
一年ぶりにこの空に帰ってきたハル。友人の門番に会って、第一声がそれだった。
ジェイドは少し呆れ気味に、
「そりゃあもう、相変わらず好奇心旺盛だったよ」
「また嘘を教えたりはしていないな?」
「大丈夫、大丈夫」
ハルは本当に本当にカナリアを大事にしているらしい。
空には地上と違って『血縁』というものがない。けれど、ハルはまるでカナリアを『実の妹』のように可愛がっている。過保護、と言ってもいい。普段の彼には想像できない溺愛ぶりだった。
ふいに、ハルが口を閉ざした。
まだまだ続くだろうと思っていた言挙げが突如終わり、奇妙に思ったジェイドは彼を見た。
すると彼は、頭を下げたのだ。普段は信用しているのか疑わしい門番に対して。
「秋と冬の間は面倒を見られない。だから、これからも、頼む」
どこまでも真剣で真摯。それは本心からカナリアを大切にしていることと、本当は、この古くからの友人を信頼しているという証でもあった。
「勿論だよ」
ジェイドは柔らかに頷いた。
それは、照れ隠しや皮肉ではない。誠意でもって答えたのである。
あとでまた来る、と言い残して、ハルは宮殿に仕事へ向かった。
今日からはカナリアも宮殿に入る。彼女はほとんど毎日遊びに来ていたため、門の辺りは拍子抜けするほど静かだった。静謐とした門の前で、ジェイドはぼんやりと雲の下を眺める。
「雲が早いなぁ」
嵐が来るのかもしれない、と、漠然と考える。
傍らでは、もう大分回復した鳥が、羽毛を上下させながら寝入っていた。
穏やかだった。
彼は基本的に『平穏』が好きだ。安穏でもいい。
ただぼんやりと、時間が流れていく様子を見つめている。
これが将来、十年も五十年も続くと知っていても、恐怖は感じなかった。自分を見失うんじゃないかという不安すら感じない自信があった。
つくづく、門番に向いた性格だと自嘲する。
ジェイドが一羽の鳥を抱えているのを見て、カナリアが言う。
今の時間、ジェイドはただ門の側に佇むだけ。とはいっても、これもまた正式な門番の仕事である。交代の時間が来るまでは、カナリアのお喋りの相手だ。
「治療しているんだ。もう遠くへは飛べないかもしれないけれど」
「どれくらいかかるの?」
傷を抱えた白い鳥は、門番の腕の中で体を小さく上下させて眠っていた。
「この冬いっぱいくらいはかかるかなぁ」
純粋な瞳に、微かに首を振った。
すると少女は一瞬何かを考えた後、益々瞳を輝かせジェイドを見上げた。
「じゃあ、私に世話をさせて」
その傷ついた鳥の羽根を、優しく優しく撫でながら。
労わり、愛しむように。
「冬は仕事が無いから、たくさんここへも来れる。それに、今は忙しいんでしょう?」
小さな空見習いの言葉に、ジェイドは戸惑いを見せた。
事実、冬は渡り鳥の多い季節で、まだ今年の鳥の数を集計し終えていない。この鳥の世話をしていられるのは門の見張りの時間だけで、その他の仕事時間は忙しい。
それに、と彼は考える。
期待に胸を弾ませる、幼い少女。
暫く悩んだ末、微かに笑いながら頷いた。カナリアのその希望に満ちた表情と、熱意に負けて。
「じゃあ、任せようかな」
そうして、抱いていたその鳥をカナリアに託した。
少女は微笑む。
その小さく柔らかい生き物を、壊してしまわないようそっと包み込んで。
季節の移り変りというのは早いものである。
ましてや、地上と比べて空の上は更に。カナリアがこの空の街にやってきてから、もうひととせが廻っていた。
「カナリアは元気にしていたみたいだな」
一年ぶりにこの空に帰ってきたハル。友人の門番に会って、第一声がそれだった。
ジェイドは少し呆れ気味に、
「そりゃあもう、相変わらず好奇心旺盛だったよ」
「また嘘を教えたりはしていないな?」
「大丈夫、大丈夫」
ハルは本当に本当にカナリアを大事にしているらしい。
空には地上と違って『血縁』というものがない。けれど、ハルはまるでカナリアを『実の妹』のように可愛がっている。過保護、と言ってもいい。普段の彼には想像できない溺愛ぶりだった。
ふいに、ハルが口を閉ざした。
まだまだ続くだろうと思っていた言挙げが突如終わり、奇妙に思ったジェイドは彼を見た。
すると彼は、頭を下げたのだ。普段は信用しているのか疑わしい門番に対して。
「秋と冬の間は面倒を見られない。だから、これからも、頼む」
どこまでも真剣で真摯。それは本心からカナリアを大切にしていることと、本当は、この古くからの友人を信頼しているという証でもあった。
「勿論だよ」
ジェイドは柔らかに頷いた。
それは、照れ隠しや皮肉ではない。誠意でもって答えたのである。
あとでまた来る、と言い残して、ハルは宮殿に仕事へ向かった。
今日からはカナリアも宮殿に入る。彼女はほとんど毎日遊びに来ていたため、門の辺りは拍子抜けするほど静かだった。静謐とした門の前で、ジェイドはぼんやりと雲の下を眺める。
「雲が早いなぁ」
嵐が来るのかもしれない、と、漠然と考える。
傍らでは、もう大分回復した鳥が、羽毛を上下させながら寝入っていた。
穏やかだった。
彼は基本的に『平穏』が好きだ。安穏でもいい。
ただぼんやりと、時間が流れていく様子を見つめている。
これが将来、十年も五十年も続くと知っていても、恐怖は感じなかった。自分を見失うんじゃないかという不安すら感じない自信があった。
つくづく、門番に向いた性格だと自嘲する。
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