むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「見てよ、あれ。まるでケーキみたいな雲だ」
門番の仕事というものは、季節の変わり目以外は暇を持て余す。
ジェイドは雲の上で、更に遠くに漂う雲を指さした。その隣で空見習いは首を傾げた。
「ケーキって?」
「空の下に住む『人間』の食べ物だよ。甘くてふわふわしていて、心の癒される食べ物だ」
正式な司者ならともかく、空見習いは『地上』に降りたことがない。それどころか、雲の下のことを殆ど知らないだろう。
「ジェイドは食べたことあるの?」
カナリアは門番を見上げる。ふわふわと、春の空と同色の明るい髪が揺れた。
「さすがに無いなぁ。僕の仕事は門を守ることだから、あまりここから離れたことがないんだ」
門番は、門を離れてはいけない。それにしても、彼は他の司者達よりも地上のことを良く知っていた。
「あなたって物知りなのね」
「いつも空の下を眺めているからね。カナリアは好奇心が旺盛だね」
少女は門番を羨望の眼差しで見つめた。
「だって、ジェイドのおはなしって楽しいんだもの」
いつもの温かい笑顔を向けるジェイド。つられる様にして幼い少女も微笑む。
「ねぇ、もっと話して?もっと教えて。『地上』のこと」
翡翠色を見上げる少女の顔は、期待でいっぱいだった。
「カナリア」
「あ。ハル!」
暫くして、宮殿の方からハルがやって来た。そろそろ宮殿に戻る時間なのだ。
それを見てカナリアは門の側を離れた。
「また来てもいい? ジェイド」
「ああ。暇なときはおいで。いつでも待ってるから」
手を振りながら小走りに去っていくカナリアに、門番も手を振り返した。
そして、門の前には二人の青年だけが残った。
「すっかりお前になついてしまったな」
友人に遠慮することも無く、ハルは溜め息をついた。
彼の顔はどちらかというと中性的だ。後ろで束ねた若葉色の所為で、憂えた女性のようにも見える。
一方のジェイドは、安穏とした風情で少女の後姿を見送っていた。
「迷惑じゃないから構わないよ」
その暢気な微笑みを、きっ、とねめつける。
「妙な入れ知恵をしていないだろうな?」
「していないよ。ただ、空の下の話をしただけさ」
首を竦める彼を、冷ややかな目で見るハル。そこには少なからず疑いの色も混じっている。
「…この前、カナリアが『車』の話をしてくれた。しかし、俺の知っている『車』は空を飛ばないはずだが」
「それはまぁ、話が盛り上がって」
ジェイドは冷たい視線を受け流し、遥か遠くの空の様子を伺う振りをした。
弁解しないということはつまり、そういうことなのである。
その表情を見て、思わず拳が震える。
「お前…ウチのカナリアになんて嘘をっ!」
抑えていた感情の針が振れる。思わず大声を上げるハルを見て、ジェイドは何故か笑った。
いつも冷静沈着な彼らしくない。そう、今のハルは、地上の言葉を借りるなら『人情味が溢れる』とでも言おうか。何事にも無関心、無頓着かと思えば、こういうところで急に熱くなる。勿論、厳密には『人』ではないのだけれど。
「すっかり父か兄気分な訳だ、ハルは」
彼は彼なりに、後輩を愛しむ感情が備わっているらしい。
カナリアを大事にしているのは、彼の言動からもひしひしと伝わってくる。
「大丈夫だよ。騙して取って食いやしない」
「お前の大丈夫は世界一信用ならないんだ!」
妙な太鼓判を押されて、ジェイドは困ったように笑った。
ハルが宮殿に戻った後。ジェイドは一人、門の外で空を見ていた。
萌芽の香りを運ぶ風は、彼の碧色の髪を揺らした。
あと数年もすれば、この空を管理する一人として、カナリアも空に出るようになるだろう。
彼女の可愛らしい笑顔が、頭を過ぎった。今は見習いでも、少しずつ仕事を覚えて、その量も増えていくのだ。
そして、一人前の司者へと成長する。彼には、それが楽しみだった。
もう春も終盤。
地上の木々が青々と茂ったら、『春』は季節を引き継いで帰ってゆく。しかし、カナリアは残るだろう。
彼女は将来、春と夏の司者となる。春空から連れて来られた見習いだが、他の季節専属の司者とは違い、サポート役は季節が終わってもこの空の宮殿に残ると決まっている。ここの、空の街の住人となるのだ。
もう、彼女が故郷に帰ることは叶わないのだ。ジェイドと同じに。
最初のうちは淋しいだろうか。
その淋しさを紛らわす相手になってあげられれば、と彼は想っていた。
門番の仕事というものは、季節の変わり目以外は暇を持て余す。
ジェイドは雲の上で、更に遠くに漂う雲を指さした。その隣で空見習いは首を傾げた。
「ケーキって?」
「空の下に住む『人間』の食べ物だよ。甘くてふわふわしていて、心の癒される食べ物だ」
正式な司者ならともかく、空見習いは『地上』に降りたことがない。それどころか、雲の下のことを殆ど知らないだろう。
「ジェイドは食べたことあるの?」
カナリアは門番を見上げる。ふわふわと、春の空と同色の明るい髪が揺れた。
「さすがに無いなぁ。僕の仕事は門を守ることだから、あまりここから離れたことがないんだ」
門番は、門を離れてはいけない。それにしても、彼は他の司者達よりも地上のことを良く知っていた。
「あなたって物知りなのね」
「いつも空の下を眺めているからね。カナリアは好奇心が旺盛だね」
少女は門番を羨望の眼差しで見つめた。
「だって、ジェイドのおはなしって楽しいんだもの」
いつもの温かい笑顔を向けるジェイド。つられる様にして幼い少女も微笑む。
「ねぇ、もっと話して?もっと教えて。『地上』のこと」
翡翠色を見上げる少女の顔は、期待でいっぱいだった。
「カナリア」
「あ。ハル!」
暫くして、宮殿の方からハルがやって来た。そろそろ宮殿に戻る時間なのだ。
それを見てカナリアは門の側を離れた。
「また来てもいい? ジェイド」
「ああ。暇なときはおいで。いつでも待ってるから」
手を振りながら小走りに去っていくカナリアに、門番も手を振り返した。
そして、門の前には二人の青年だけが残った。
「すっかりお前になついてしまったな」
友人に遠慮することも無く、ハルは溜め息をついた。
彼の顔はどちらかというと中性的だ。後ろで束ねた若葉色の所為で、憂えた女性のようにも見える。
一方のジェイドは、安穏とした風情で少女の後姿を見送っていた。
「迷惑じゃないから構わないよ」
その暢気な微笑みを、きっ、とねめつける。
「妙な入れ知恵をしていないだろうな?」
「していないよ。ただ、空の下の話をしただけさ」
首を竦める彼を、冷ややかな目で見るハル。そこには少なからず疑いの色も混じっている。
「…この前、カナリアが『車』の話をしてくれた。しかし、俺の知っている『車』は空を飛ばないはずだが」
「それはまぁ、話が盛り上がって」
ジェイドは冷たい視線を受け流し、遥か遠くの空の様子を伺う振りをした。
弁解しないということはつまり、そういうことなのである。
その表情を見て、思わず拳が震える。
「お前…ウチのカナリアになんて嘘をっ!」
抑えていた感情の針が振れる。思わず大声を上げるハルを見て、ジェイドは何故か笑った。
いつも冷静沈着な彼らしくない。そう、今のハルは、地上の言葉を借りるなら『人情味が溢れる』とでも言おうか。何事にも無関心、無頓着かと思えば、こういうところで急に熱くなる。勿論、厳密には『人』ではないのだけれど。
「すっかり父か兄気分な訳だ、ハルは」
彼は彼なりに、後輩を愛しむ感情が備わっているらしい。
カナリアを大事にしているのは、彼の言動からもひしひしと伝わってくる。
「大丈夫だよ。騙して取って食いやしない」
「お前の大丈夫は世界一信用ならないんだ!」
妙な太鼓判を押されて、ジェイドは困ったように笑った。
ハルが宮殿に戻った後。ジェイドは一人、門の外で空を見ていた。
萌芽の香りを運ぶ風は、彼の碧色の髪を揺らした。
あと数年もすれば、この空を管理する一人として、カナリアも空に出るようになるだろう。
彼女の可愛らしい笑顔が、頭を過ぎった。今は見習いでも、少しずつ仕事を覚えて、その量も増えていくのだ。
そして、一人前の司者へと成長する。彼には、それが楽しみだった。
もう春も終盤。
地上の木々が青々と茂ったら、『春』は季節を引き継いで帰ってゆく。しかし、カナリアは残るだろう。
彼女は将来、春と夏の司者となる。春空から連れて来られた見習いだが、他の季節専属の司者とは違い、サポート役は季節が終わってもこの空の宮殿に残ると決まっている。ここの、空の街の住人となるのだ。
もう、彼女が故郷に帰ることは叶わないのだ。ジェイドと同じに。
最初のうちは淋しいだろうか。
その淋しさを紛らわす相手になってあげられれば、と彼は想っていた。
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