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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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三月の庭でお茶会を
The Tea Party in the Garden of March
 
 
 だだっ広い草原の真ん中にある、真っ白に輝く大きな城。
 
 強固な城壁はのどかな風景に意外にも溶け込んでいた。
 透き通った空、ゆったりと流れる雲、そして色とりどりの可愛らしい花。それらに囲まれた、まるきりおとぎ話のようなその場所を任されているのは、ひとりの少女だった。

 彼女の名前をリラと言った。つい数日前まではまったく別の場所で、学生として生活していた普通の少女。それなのに今は、一国の女王《アリス》としてこの城に留まっている。
 《白兎》と名乗る青年につれられてやってきた、見知らぬ場所。元の場所に帰る方法も分からずに、了承せざるを得なかった地位と役割。

 居てくれるだけでいい。何もしなくていい。その言葉に甘えきることも出来なくて、かといってよく分かりもしない統治に口を出せるわけでもない。
 そうして選んだ方法は、城内を知ること。歩き回って、この場所のことを少しでも理解すること。退屈も紛れて一石二鳥だ。

 そんな訳で赤絨毯張りの廊下を歩いていると、途中でひとりの青年と出逢った。
 後ろでしばった薄茶の髪をなびかせながら、上機嫌で歩く青年。彼はリラを見ると微笑んで声をかけた。

「こんにちは、《アリス》。お茶会はいかがですか」

「《帽子屋》さん」

「ジョシュアで結構ですよ。貴女はアリスですから、名前のほうが皆喜びます」

 彼のことはリラも知っていた。会議の議長で、役職は《帽子屋》。それなりに高い位の人間のはずだが、彼は誰にでも気さくだった。そしていつでも陽気に振舞う。

「お茶会って、どっちの?会議のほう?」
「ちゃんと、紅茶を楽しむほうのお茶会ですよ」
 
 
 帽子屋に導かれてやってきたのは、城壁の内側にある庭園だった。

 リラの国の言葉を借りるなら『英国庭園』。薔薇が咲き染まる優美な庭。生け垣の開けた場所には真っ白なクロスのかけられたテーブルが備えてあった。
 その側に佇む人の影。その人のこともまた、リラは知っていた。
 灰髪のその男性は手際良くお茶の用意をしていたが、近付いてきた人の気配を察して顔を上げる。視線の先に思いがけず居た少女に微笑んだ。


「おや、アリスではありませんか」

「ダミアン」
 
 リラの横で、ジョシュアが彼に向け手を上げる。

「ちょうどそこで出逢ってね。お招きしたのだけれど構わないよね?」

「もちろんですよ。アリスですからね」

 帽子屋が連れてきたのが女王だと分かっても驚きはしない。ここはそういう場所なのだ。酷く畏まったり怖れたりするのは、本当に位の低い人間だけ。そのためにいつもリラは錯覚を起こすのだ。
 そうして《三月兎》は、役職らしく丁寧に会釈をした。

「ようこそ、三月兎の庭へ」

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「――本当は誰でも良かったんだ」

 諦めたのか、駄々をこねるその様子に対応を変えたのか。いずれにしろ…その声音は、優しさが欠けていた。
 長い耳も、血の色の瞳さえ持ち合わせていない人間の『ウサギ』は、声だけが冷たく白い。


「頂点に立ってくれて、この世界を統べる役目に就いてくれれば、誰でも。やる気があろうとなかろうと、知識が皆無でも」
 
 ひやりと笑う瞳に見つめられて、首の根元を掴まれ窓の外に釣り出されている錯覚を覚えた。 その腕に縋ることも、振り払うことも叶わない。
 なんの遠慮も容赦もない荒削りの言葉。ただそこにある事実だけを突き付ける。
 やがて、それでも、と青年は少しだけ微笑みを取り戻した。

「それでも貴女を選んだ理由は、貴女が最も都合のいい存在だったからだよ」

 とたんに少女の顔が凍り付いた。
 予期せぬ返答に、いや、予期していた返答に動揺を隠せない。
 冷たい。冷たさを越えて、痛い。

「貴女は自分に興味がなかった。生活する場所…自分を取り囲む世界の中で生きることに興味がなかった。周囲に関わらないようにして、誰にも嫌われない代わりに誰にも好かれない道を選んだ」

 笑顔という仮面の剥れた青年の表情。慈悲も憐れみも見えない代わりに軽蔑もなかった。それは彼独自の優しさなのか。


「やめて…聞きたくない」

 アリスは頭を垂れた。
 ウサギの顔を見なくて済むように。彼の言葉を聞かなくていいように。
 彼女の心中を知ってのことか、青年が口を噤むことはなかった。

「貴女はあの世界から切り離されていた。貴女が居なくなっても誰も困らない。苦しまない。淋しがらない。だから僕は貴女を連れて来た。貴女は、あの世界で一番」

「もう、いい」


「――あの世界で一番、居なくても問題のない人間だった」


「やめて…!」



 叫び。少女の声が木霊する。
 その一言を皮切りに、室内がしんと静まった。

 堪えたのは少女だった。耳を塞いで、その場にしゃがみ込む。
 沈黙を破ったのは青年だった。気は済みましたかとにこりと微笑む。
 そして、拒絶を認めない優しさで彼女の腕を取った。


「さぁ。行こうか『アリス』。人々は『アリス』を…この街を治めてくれる女王を欲している」



 分かっていた。

 必要とされているのは自身ではなく、《アリス=女王》という、この世界を纏める役割。立場。
 そのためには決意も意識も必要なくて、ただシンボルとしての役割を果たすだけ。


 なのに。
 それなのに彼は少女を許してはくれなかった。


 ウサギを追いかけて落ちた深い穴。
 けれどウサギは穴から出る方法を教えてはくれない。

 彼が向かう場所も、少女の時計が時を刻む理由も。


「逃げてはいけないよ。仮初(かりそめ)の居場所でも、ここでは『意味』から逃れることはできないのだから」 



 暗くて深い、落ちて来た入口も既に遠い。

 窓の外に広がる鮮やかな青は絶望にも似ていた。


End.

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城壁の中の少女
Closed “Alice” Girl is Endless.


「どうして私なの」

 高い城壁に守られた城。晴天に向かって伸びた塔の上。
 その一角、一際荘厳で華やかな部屋のバルコニーに少女はいた。

 不安を含んだ面持で、何を着ても構わないと言われた服装は西洋の城に不釣り合いのセーラー服のまま。
 まるで要塞のようだと思ったのは連れて来られた最初の日だった。
 そこから見下ろす『街』。あの場所に暮らす誰もが自分の知らない人々という事実は、果たして幸福なことなのか。
 少女はちらりと背後に目をやった。長椅子の傍に、厳かに青年が控えていた。
 少女とは対照的に室内に溶け込むような落ち着いた洋装。それは彼が、この城に仕える人間の一人だという証でもあった。
 顔色一つ変えない彼を見て、少女は力なく不満を訴える。


「どうして私を連れて来たの」

 それは何度も繰り返された問答だった。
 泣き枯らしたような乾いた声と瞳。顔には既に諦めが色濃く映し出されていた。

「お願いだから放っておいて。元の場所に返してよ…」

 しかし青年は笑顔を崩さない。子供をあやす母のように見守る者の瞳をたたえたまま。

「大丈夫だよ、『アリス』。貴女は椅子に座っているだけでいいんだから」

 彼は、少女をこの場所に縛り付けた張本人だった。 
 相手は自分のことを知っているのに、自分はこの場所も、彼の事も何一つ分からない。抵抗するには充分の状況なのに、訴えても青年は一向に聞き入れてくれない。

「だったら尚更よ。何故私でなければいけなかったの」

「僕が選んだのだから、間違いはない」

 歩み寄りを見せない二人の対話は会話として機能していない。
 青年は明確な答えを返さず、少女が溜め息を吐いて、問答は終わるはずだった。

 自らを『白ウサギ』だと名乗る男。なんと現実味のない話だろう。それはまるで、遠い異国の童話のようだ。
 答えを求めることもなく、『アリス』の少女は小さく呟いた。

「理不尽よ」


 しかし、そのときだけは違った。

 一拍の後、青年の瞳が、すっと細められる。

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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