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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「リラ!」

 振り返る。生垣の向こうから顔を出したのは、白くもなく耳も持っていない一匹の…一人の兎。

「フィン?」
 私は条件反射で立ち上がった。

 そろそろ会議の時間だっただろうか。いや、でも、と肝心の議長はすぐ横で優雅にくつろいでいるのを思い出して、首を振る。
 その議長、つまり《お茶会の帽子屋》は、血相を変えてやってきた一人の兎を見てくすくすと笑った。

「おやおや、白兎が珍しいね。さすが《アリス》の誕生日」

 来るの分かってたくせに、と、テーブルの端でメリルが呟くのが聞こえた。果たしてジョシュアにまで聞こえたかどうか。

「ごきげんよう、フィン。君もどうかな?」

 ジョシュアが白々しく席を勧める。
 するとフィンは私のすぐ横の椅子に腰掛けた。

「勿論お邪魔しますよ、ジョシュア」

 勿論?滅多にお茶なんて飲まない白兎が、あろうことか三月兎のお茶会に参席するなんて。
 私は色々な意味で目を丸くしながら、『腹心の部下』である白兎に尋ねた。

「どうしたの、そんなに急いで」

「さっき、時計が鳴っただろう?会えてよかった」

 そう言うと、私の目の前に花束を差し出した。

「これは?」

 抱えきれないほどの、柔らかな白。真っ白な薔薇の花束だ。
 赤より眩しくなくて、黄色より優しい色だった。

「《女王》に頼んで戴いて来た。逢いたくて飛んできたんだ。君の生まれた日を祝いたくて」

 幸せそうに微笑むフィン。一方の私は、突然のことに戸惑うばかりだった。

 けれど、その言葉を聞いて納得する。
 ああ、そうか。さっきの鐘の音は、これのことだったのね。

「さあ、リラ。受け取って。僕からの気持ち、プレゼントだよ」

 なんだか少しくすぐったい。けれど、それは懐かしい感覚。
 これこそが忘れていた、誕生日の気持ちかもしれない。

 「彼女も君に宜しく言っていたよ、それからキングも」と、フィンはもう一つ、正方形の箱を私にくれた。どうやら皆が私の誕生日を知っているらしい。そう考えてから、じゃあ、あの人はどうなんだろうとぼんやりと思う。今も蔵書室に籠もっているのだろうか。
 
 白兎に貰った、純白の花束。ふわりと香る清純な優しさ。思わず口元がほころぶ。
 お茶会の席が埋まったところで、執事長がティーカップを5つ並べた。
 テーブルの真ん中に大きなフルーツケーキ。

「それでは、皆が揃ったところでお祝いしましょう」

 そして、私に向けられる4人の瞳。くすぐったいけれど、温かくて。
 ダミアンの言葉をきっかけに、フィンが口を開く。彼は迷いの無い声で言った。

「リラ。この国のアリス」

「私達を導いてくれる少女の生誕を祝って」

 その後に続くのは、皆の声。少しだけ涙が出そうだった。
 

「「誕生日おめでとう」」
 
 

 I wish you many happy returns of the day!
 この日が何度も廻ってきますように。

End.
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「今のは、なに?」
 私は暫くの間呆然と時計塔を見上げていた。鐘の余韻の中、思い出したようにジョシュアを振り返る。彼は再び平然と紅茶を飲んでいた。

「新しい日を知らせる音。それから、ある人物を呼ぶ魔法の音でもある」

 そう言って、何だか可笑しそうに笑う。ねぇ?と執事長に同意を求めるように見上げると、彼もまた微笑む。私だけが蚊帳の外だ。
 同じ時間を示す、二つの時計。つまりは、もしかして、本当に時間が動いた?私の世界と仕組みが違うのなら、有り得ない話でもないのかもしれない。心なしか、淡色の空も少し前とは違う表情を浮かべている気がする。

 首を傾げるのに忙しくしていると、二人分の視線が私に注がれた。

「さぁ。時間ですよ、アリス。正真正銘、今このときが貴女の生まれた時間」

「そうだね、貴女の世界の言葉を借りるなら」

 コトリ、と陶磁のカップが下ろされる。
 広がるのは、ダージリンと、飾られた薔薇の甘い香り。

「I wish you many happy returns of the day.」
 
 


「お誕生日ですから、ケーキを用意してみました」

 ダミアンがどこかに消えたかと思うと、暫くして大きなケーキを運んできた。
 苺に桃に、林檎。果物が飾られたフルーツケーキだ。

「わぁ…すごい。美味しそう」

 目の前に据えられて、感嘆の溜め息を漏らす。遠い記憶の中、私が見てきたどんなバースデーケーキよりもきらきらと輝いて見える。
 紅茶の種類も、先刻まで飲んでいたものとは種類が違う。ジョシュアが用意してくれた茶葉で、名前は『BIRTHDAY』。まさにこの瞬間のためのブレンドだよ、と彼は嬉しそうに胸を張る。

 三月兎の庭に再び全員が揃ったところで、帽子屋は辺りを見渡した。

「さて。テーブルも整ったことだし、お誕生会を始めたいところだけど」

 首を伸ばして、薔薇の生垣の向こうを覗き込む。何かを探しているように見える。
 同じようにして、ダミアンが言葉を継いだ。

「足りませんね。賓客が」

「今、来るよ」

 突然聞こえた第三者の声に、私は思わず背筋を伸ばした。目をやるとメリルが珍しく顔をあげている。

「急ぎ足でこっちにやってくる」

 随分久々にその声を聞いた気がする。彼の起きている顔を見るのも久しぶりだ。さっきの鐘の音でも目を覚まさなかったのに。
 私は起きている彼に気をとられてしまって、彼の言った『誰』がこちらにやってくるのかを尋ねるのに遅れた。

 そのうちに、今度はまた別の聞き慣れた声が私を呼んだ。

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「それなら、誕生日にしようか」

 ふいにジョシュアの瞳と言葉がこちらに向いた。
 驚いて、思わず間の抜けた声を出してしまう。
「え?」
「誕生日。今からこの場所のこの時間を《アリス》の…リラの誕生日として祝おう」
「それは良いですね」
 名案だといわんばかりに、ダミアンまでもがにっこりと頷いている。
 
 私は微笑む彼に両手を振って遠慮の意思を示した。
 誕生会なんて、なんだか照れくさい。

「ただのお茶会で充分よ。誕生日でないなら、アンバースデイね」

 その言葉をどう取ったのか、ダミアンは笑ってゆるりと首を横に振った。

「いえいえ、簡単なことですよ。時計を進めればいいだけのことです」

「え、なに?」
 今度は、意味が分からなくて聞き返してしまう。
 何が簡単?お茶会を誕生日仕様にすることが?でも今の言い方そうではなかった。

 三月兎の言葉に帽子屋までもが賛同した。

「大丈夫。貴女はこの国のアリスだからね。鍵は持っているね?止めるのも、動かすのも。時間を示すのは全て貴女」

 私はてっきり、形だけの誕生日会をしてくれようとしているのだと理解していた。
 なのに、どうも彼らは本当に『誕生日』を祝ってくれるらしい。
 まさか、そんな。

 おや、信じられない?苦笑しながら、ジョシュアはテーブルの端においてあったそれを引き寄せた。
 

「じゃあ例えば、この時計」

 差し出されたのは、昼の三時を知らせる置時計。ティータイム中はずっとテーブルにある、馴染みのものだった。

「貴女の思うまま、貴女の望むまで好きなだけ回してご覧」


 当たり前のように促す帽子屋。彼らの顔を見渡す。ジョシュアもダミアンも、真面目な顔をしていた。
 私はと言うと、今更になって彼らの『善意』を拒む気も起きなかった。こっそり当惑の溜め息をついて、ジョシュアに促されるまま長針を右回りに進めた。

 こんなことをしたって、この時計の示す時間が変わるだけなのに。
 半信半疑、ほとんど信じられない面持ちで、薦められるまま針を動かす。

 だいいち、時計では時間が分かっても日にちまでは分からない。
 そのはずなのに、私の指は導かれるようにくるくると長針を回していく。


 くるくる、くるり。
 くるくる。くるくる。


 カチリ。


 ここだ、と思った瞬間。
 私の動かしていた針が、意志でもあるかのように一定の時間で停止する。
 それは、何度回したのか、数回目に迎えた12時の知らせ。

 頭上で輝いていたはずの鐘が響いた。驚いて瞬きを繰り返す。
 見上げると時計の塔の時刻もまた、目の前の時計と同じ時刻をさしていた。

 ゴーン、ゴーンと、雄大に響く鐘の音。
 時間を知らせる音。始まりを告げるような音だった。

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