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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 気がつけば、常田と幽は最初に会った裏路地にいた。
 夜が驚くほど静かだ。ただ月だけが、先刻と同じように儚く輝いている。


「お前、今何を」

「接続を変えただけ。多分、すぐ追いつかれる」

 意味を問う暇はなかった。
 幽が膝を折るように地面に倒れたからだ。

「おい!」

 慌ててその身体を支える。胸の下に滑り込ませた右手が生温く濡れた。
 その色は深く紅い。


「麻斗」
 眉根を寄せる常田の腕を、幽がとっさに掴んだ。声が掠れている。

「ありがとう。それから、お願いがあるんだ。聞いてくれる」

 常田の首元に縋りつくようにして声を絞り出す。その表情は苦しそうには見えなかったが、額には油汗が滲んでいた。

「『火星年代記』って本、知ってる」
「ブラッドベリか」
 そう、それ。小さく頷いて、常田の目を覗き込んだ。

「××市の郊外にある、響月堂って古本屋。そこに、原著の初版本が一冊だけ入ってる。それ、急いで手に入れて」

 一瞬だけ息が切れる。それから急いたように続ける。
 少年の白かった顔が、益々青白くなっている。常田は必死に放すまいとするその手を握り返した。

「背表紙の裏に入っているもの、アクセスして消して。パスワードは、夏のロケット、第一章の最終頁。2単語目の3文字目と、31単語目の1文字目と、10単語目の」

「待て、待て待て!そんなに一気に憶えられねぇよ」
 緊迫した表情のままで常田が答える。少年は「やっぱり人間は不便だね」とくすりと笑った。


「頑張って憶えて。2の3と、31の1と、10の1と、最後の、最後の4。それで入れるから。あいつらが手に入れる前に、消して。守って、お願い」


 それから、少しだけ哀しそうに。
 寂しさを滲ませた瞳で静かに微笑む。



「もう、俺みたいな存在が生まれてしまわないように」


 その言葉を最後に、幽は眠るように目蓋を閉じた。

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