むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
何を馬鹿な、常田(トキタ)はそう笑おうとして失敗した。
少年の真っ直ぐな瞳。やけに空虚な、硝子のようでいて意志のある光。そんなものに見つめられて、話をはぐらかせるほど人間が出来ていなかった。
それにこの世界は、そんな話を笑い飛ばせるほど簡単ではない。
「生粋の人間じゃない。と言っても義体とか生態端末とか改造人間とかじゃなくてさ。人の身代わりになるために作られたもの。アンドロイド、なんだ」
『アンドロイド』。表の世界に生きるものでも知っている言葉だった。時折ニュースを賑わせる、いつの間にか現実に浸透してしまった異物。ある組織が作り出したという、知能を持つ兵器。
幽は常田の動揺をよそに淡々と語り続ける。だからだろうか。その様子はまさに人とは異なるもののような気がした。白い肌も感情起伏の少ない声も表情も、精巧な作り物のように浮き彫りになる。
「身代わりっていうのは、そのまま。要人の護衛についたり、危ない場所にスパイとして潜り込んだり。万一命を落としてもいいように、組織の足枷にならないために」
何が正しいか分からない世界で、人ではないと彼は言う。まるで他人事のように。
常田は真偽の吟味を放置して舌打ちした。追われているのは警察じゃないとは言っていたが、どっかの外事部が聞き耳でも立ててたらどうするんだ。また一本、煙草に火をつけようとしてやめる。取り出したそれを二つに折って灰皿に加えた。
一通りを話し終えたのか、幽は黙ってしまった。解説も弁明もない。ただ思いに任せて言葉を連ねたらしい。かすかに目を逸らしたのを見て、常田が小さく息を吐いた。
「それで、お前は何を望んでいるんだ。死神に会いたいのか?何か変化を求めているのか」
まさか。呟いて力なく首を振る。
「引き金を引くのはキルドレだけで充分だよ」
そう言ってほんの少し笑った。その表情だけは妙に人間らしかった。
それからどれくらい経っただろう。常田は所要で事務机から離れ、部屋を空けた。彼が席を外したのはほんの数分のことだったろう。携帯電話を上着のポケットに戻しながらドアノブを捻り、違和感に気付いた。
「おい、幽?」
相変わらず暗い部屋。しかし、静か過ぎる。何がおかしいのだろう。
そしてすぐ、黒革のソファがもぬけの殻になっていることに気付き、唇を噛んだ。
「あいつ…っ」
暗い昏い帳の中。足音と気配を殺して一人の少年が道を急ぐ。
自分は少し、あの場所に長居し過ぎた。詮索しすぎない世話人、奇妙な話を聞かされても否定も受容もしないその思い切った態度に、好感を持ってしまったのがいけなかった。
否定しないことで彼の存在は認められたようなものだから。
だから気付くのが遅れた。共有する時間が長ければ長いほど、彼を巻き込む危険性が高まることに。少なくとも今は、彼を『巻き込みたくない』と思うほどには愛惜の情を持っていたのだ。
しかしその決意も、追いかけてきた大きな掌に握りつぶされる。
「幽!」
左腕の自由が一瞬途絶える。誰かが自分の腕を掴んだのだと分かり、とっさに振り返った。
そこにはやはり、苦虫を噛みつぶしたような常田の顔。
「こんな所に居たのか。戻るぞ」
「麻斗…どうして」
安堵と絶望が同時にやって来る。その腕と共に振り払って、少しだけ緊迫した顔を睨んだ。
「早く帰って。これ以上俺といると厄介事では済まなくなる」
「なに無茶なこと言ってんだ。子どもは大人の言うことを聞いとけ」
ここに来て食い下がってくれたことに少しだけ感謝して、それから、思い直して彼を拒絶する。早く、彼らが来てしまう前に。
包帯をしたほうの肩が、少しだけ痛んだ。
「もう俺はいい。随分休んだから機能も回復してる。それに、重要なのは俺じゃなくて、俺の持ってる情報だ」
「だから――」
苛立ちを覗かせる常田の声音。しかしそれも、また違うものによってかき消されてしまう。
「やっと見つけた」
それは、喜びに溢れた少女の声。
「居たわね。ナンバー0238」
彼らが振り向くと、ネオンの残滓の中に二人分の影があった。
少年の真っ直ぐな瞳。やけに空虚な、硝子のようでいて意志のある光。そんなものに見つめられて、話をはぐらかせるほど人間が出来ていなかった。
それにこの世界は、そんな話を笑い飛ばせるほど簡単ではない。
「生粋の人間じゃない。と言っても義体とか生態端末とか改造人間とかじゃなくてさ。人の身代わりになるために作られたもの。アンドロイド、なんだ」
『アンドロイド』。表の世界に生きるものでも知っている言葉だった。時折ニュースを賑わせる、いつの間にか現実に浸透してしまった異物。ある組織が作り出したという、知能を持つ兵器。
幽は常田の動揺をよそに淡々と語り続ける。だからだろうか。その様子はまさに人とは異なるもののような気がした。白い肌も感情起伏の少ない声も表情も、精巧な作り物のように浮き彫りになる。
「身代わりっていうのは、そのまま。要人の護衛についたり、危ない場所にスパイとして潜り込んだり。万一命を落としてもいいように、組織の足枷にならないために」
何が正しいか分からない世界で、人ではないと彼は言う。まるで他人事のように。
常田は真偽の吟味を放置して舌打ちした。追われているのは警察じゃないとは言っていたが、どっかの外事部が聞き耳でも立ててたらどうするんだ。また一本、煙草に火をつけようとしてやめる。取り出したそれを二つに折って灰皿に加えた。
一通りを話し終えたのか、幽は黙ってしまった。解説も弁明もない。ただ思いに任せて言葉を連ねたらしい。かすかに目を逸らしたのを見て、常田が小さく息を吐いた。
「それで、お前は何を望んでいるんだ。死神に会いたいのか?何か変化を求めているのか」
まさか。呟いて力なく首を振る。
「引き金を引くのはキルドレだけで充分だよ」
そう言ってほんの少し笑った。その表情だけは妙に人間らしかった。
それからどれくらい経っただろう。常田は所要で事務机から離れ、部屋を空けた。彼が席を外したのはほんの数分のことだったろう。携帯電話を上着のポケットに戻しながらドアノブを捻り、違和感に気付いた。
「おい、幽?」
相変わらず暗い部屋。しかし、静か過ぎる。何がおかしいのだろう。
そしてすぐ、黒革のソファがもぬけの殻になっていることに気付き、唇を噛んだ。
「あいつ…っ」
暗い昏い帳の中。足音と気配を殺して一人の少年が道を急ぐ。
自分は少し、あの場所に長居し過ぎた。詮索しすぎない世話人、奇妙な話を聞かされても否定も受容もしないその思い切った態度に、好感を持ってしまったのがいけなかった。
否定しないことで彼の存在は認められたようなものだから。
だから気付くのが遅れた。共有する時間が長ければ長いほど、彼を巻き込む危険性が高まることに。少なくとも今は、彼を『巻き込みたくない』と思うほどには愛惜の情を持っていたのだ。
しかしその決意も、追いかけてきた大きな掌に握りつぶされる。
「幽!」
左腕の自由が一瞬途絶える。誰かが自分の腕を掴んだのだと分かり、とっさに振り返った。
そこにはやはり、苦虫を噛みつぶしたような常田の顔。
「こんな所に居たのか。戻るぞ」
「麻斗…どうして」
安堵と絶望が同時にやって来る。その腕と共に振り払って、少しだけ緊迫した顔を睨んだ。
「早く帰って。これ以上俺といると厄介事では済まなくなる」
「なに無茶なこと言ってんだ。子どもは大人の言うことを聞いとけ」
ここに来て食い下がってくれたことに少しだけ感謝して、それから、思い直して彼を拒絶する。早く、彼らが来てしまう前に。
包帯をしたほうの肩が、少しだけ痛んだ。
「もう俺はいい。随分休んだから機能も回復してる。それに、重要なのは俺じゃなくて、俺の持ってる情報だ」
「だから――」
苛立ちを覗かせる常田の声音。しかしそれも、また違うものによってかき消されてしまう。
「やっと見つけた」
それは、喜びに溢れた少女の声。
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