ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
at present - this year
85
「お疲れ」振り向けば何度目かの先輩の姿。最近よく会うなと思いながら微笑を返した。「今日は暖かいね。そろそろ春が近いかな」何気ない言葉に表情が曇る。「ヒナちゃん?」「あ…いえ」慌てて首を振るけれど、自然に振舞えたかどうか。最近過敏になって駄目だな。冬がまだ恋しい。
posted at 22:56:17 10/02/23
86
「そうだ。調理実習だったんですけど食べませんか?」マフィンを眺めながら「ヒナちゃんは器用だよね」「そんなことは」「あるよ」ふいに真面目に頷かれる。「バレンタインも手作りだったんでしょう。俺も欲しかったな」意味を取りかねて言葉を失う。先輩は笑いながら、歩いていく。
posted at 23:24:51 10/02/23
87
太陽のせいなのか公園には人が多い。私は唯一散歩ではなく、のんびり彼の元。湖面の白鳥も随分少なくなった。「春はもう近いの?」「どうだろうな」自分のことなのに変なの。「そうだ、マフィン食べる?」「要らない。それよりバレンタインが先だろう」今回はやけに根に持つのね。
posted at 23:53:04 10/02/24
88
「何見てるの」教室で雑誌を開いていると優希がやってきた。「お菓子作り。チョコの何を作ろうかと思って」「バレンタインは終わったわよ」「だって、食べたいって言うんだもの」「『彼』が?」頷くと何故か納得顔。それから真剣な目付きになって「ねぇ、絶対にあげなさい。絶対よ」
posted at 22:50:56 10/02/25
89
太陽の光が揚々と制服に溜まる。今日こそはと小さな包みを片手に彼を探す。「イヴェール」思わず呼びかけるのに反応がない。湖面の白鳥も殆どいない。まさか。「ヒナ」よぎった途端、冬の王が顔を出す。私は安堵の息を零し「ねぇ。帰る時は私に教えてくれる?」目は逸らさないまま。
posted at 23:45:25 10/02/27
90
「今日はどうした」丘の上のベンチに座って彼を見上げる。凛とした銀の髪に、瞳。枯野色の外套。私は寝る間も惜しんで作ったガナッシュを渡した。バレンタインは終わったから、お返しはいらないよ。そう付け加えたのに、静かに微笑むだけ。「聞いてるの?」「ああ」あと何度逢える?
posted at 00:30:37 10/02/2
91
卒業式。胸に白い花を咲かせた先輩達の旅立ちを、私もまた体育館の隅で見守っていた。その中には勿論、笹倉先輩もいる。あの帰り道以来、彼と会うことは一度もなかった。言葉の意味を確かめることも出来ていない。一瞬だけ目が合った気がしたけれど、微笑の中にやはり答えはない。
posted at 23:52:53 10/03/01
***
92
カーテンを開ければ魔法のように雪景色。冬の王に尋ねれば「調整だ」と奇妙なことを言う。「それに、まだ二月が終わったばかりだろう」けれどやっぱり、雪の中で見る彼の姿はずっと神聖で。太陽でじわじわと薄れてゆく銀化粧を眺めながら、溶けなければいいのにと白い息を吐いた。
posted at 23:29:13 10/03/02
93
「今日はお前の日だな」銀色の瞳が和らぐのに苦笑する。「だから、私のことじゃないってば」弁明するのに冬の王は納得してくれない。「雛っていうのは…ええと、王女様のことだよ」「では、お前もヒナではなくヒメか」全くもう。どれだけ説明したら雛祭りを理解してくれるのだろう。
posted at 23:14:26 10/03/03
94
土曜日の午後、帰宅を待っていた様に携帯が鳴る。誰かな、液晶の名前に驚嘆する。『もしもし、ヒナちゃん?』「先輩…?」それは二年間聞き慣れた声。『今から買い物に付き合ってくれないかな』「どうして…」私は思わず問い返す。『どうしてって、その方が楽しいと思ったからだよ』
posted at 22:44:22 10/03/04
95
服を着替えて、思わず街へ出て来てしまった。改札で待ち合わせた笹倉先輩も勿論私服。フランネルシャツの先輩を見て、私達が制服姿しか知らない間柄だったのだと不思議な気分になった。「急にごめんね」以前と変わらない優しい微笑。私はそわそわしながら控えめに首を振った。
posted at 23:50:25 10/03/04
96
「とりあえず楽器店と雑貨屋と…あと行きたい所はある?」歩幅を合わせてくれているのに気づいた瞬間、向こうで歩行信号が点滅した。「あ」「え?」「急いで」曳かれた指先が温かい。安心するひとのぬくもりだ。それなのに思い出すのは、硝子の様にひやりとした誰かの手のひら。
posted at 23:20:52 10/03/05
97
アーケードを歩くうちに、私は度々目の前の先輩と『彼』を重ねていることに気が付いた。もし彼が人であったら、一緒にこうして歩けたら。有り得ることのないもしもの話。先輩を好きになれば苦しまずに済んだだろうか?そこまで考えて、私の名を呼ぶ声が懐かしくなって苦笑する。
posted at 13:21:43 10/03/05
98
学校へ行くと優希が待っていて、真っ先に私を窘める。「どういうつもりなの」声色で怒っているのだと気付く「貴女は、誰が好きなの」「だって…分かんないよ」返される溜息。彼女は知ってる。先輩と出かけた事も、休み中に何度も冬の王を訪れた事も。「…見損なったわ」哀しげな瞳。
posted at 22:38:05 10/03/06
99
「私が貴方を好きだって言ったら、どうする?」すっかり少なくなった渡り鳥を眺め、尋ねる。ぼんやりと独り言のよう。冬の王は目を眇めるだけ。「じゃあ、私が貴方を嫌いだと言ったら?」「…そうか」僅かに顰められる眉に微笑。ああ、困らせてどうするの。私は何がしたいのだろう。
posted at 00:53:57 10/03/08
100
緑の目立ち出す風景の中、枯野色の外套を纏う姿。蕾の色付く桜並木に彼は何を思うのか。と、道を塞ぐ影がある。制服に身を包んだ少女だった。その顔には覚えがある。「優希、だったか」「あら。憶えてくれてたの」睨む様な瞳は元来のもの。少女は淡々と「話を聞きに来たの。陽菜の」
posted at 23:23:31 10/03/08
「おはよう」笑いかけると、優希は一瞬眉をひそめた。その眼差しにどきりとして思わず目を逸らす。大丈夫、目の赤色は一晩で消えたはずだから。努めていつも通り、寒いね、なんて話を続ける。彼女の表情も元に戻る。「それで、平気なのよね?」「平気だよ」ゆるりと首を振りながら。
posted at 22:55:22 10/02/11
72
帰り道は銀色の彼の元へ。ふっと笑いかけてくれたから安心してその側に寄る。私の心が変わってしまっても、どうしようもないのはもう分かってる。それならこのまま、この距離だけは変えずに居よう。私の好きが彼の好きとは違っても。朝目覚めて逢いたいと思う気持ちに嘘はないから。
posted at 23:18:47 10/02/11
73
良かった、と冬の王は少なからず安堵する。人間の少女…ヒナは最近元気がないように見えた。少しだけ、二度と会いに来てくれぬのではとも思った。理由は分からない、けれど今はこれで良い気がした。冬が明け春が来るまでは平和が有る。――その原因が己にあると、彼は気づかぬまま。
posted at 23:22:39 10/02/12
* * *
教室の女の子達が華やいでいる。そうか、もうバレンタインね。昨年は友達にケーキを振舞ったけど今年は作る気分になれない。その訳を噛み締める。「陽菜はどうするの」「私は…」真直ぐな瞳。「作りなさい」何も言わなくても理解してくれる彼女は凄い。でも、きっとあげられないよ。
posted at 00:17:44 10/02/13
75
結局、用意したのは市販のチョコレート。包装紙を見つめながら苦笑い。気づかなければあげられたのにな。変わるというのは怖い。変化に気づいてしまうというのは。そして、こんなチョコ一つをあげるのにどうしようもなく焦っている自分が恥ずかしい。明日は普通で居られますように。
posted at 21:56:51 10/02/13
76
「はい、ハッピーバレンタイン」何気なさを装って手渡した鮮やかなラッピング。冬の王はその中身をじっと確かめている。「普段とは違うな」「なに?」「こういう場合、ヒナは自分で作るだろう」銀色の視線にぎくりとする。どうしてこんな時ばかり鋭いのかな。「それはまた今度、ね」
posted at 19:01:16 10/02/14
77
「三年生送別会?」そうだよ、頷く部活仲間。「進路も決まったようだし、卒業式に先駆けてね」日時と場所、下準備の連絡を聞いて音楽室を後にする。そうか、春が来れば私も受験生なんだな。見下ろす窓際に見覚えある後姿が見える。先輩だ、思い当たった瞬間に振り向いて目が合う。
posted at 01:02:22 10/02/16
78
昇降口に下りるとまだ先輩がいた。「合格おめでとうございます」「ヒナちゃんに祝って貰えると嬉しいね」尊敬する同じ楽器の先輩。彼なら問題ないと漠然と思っていたけれど。先輩が歩き出すので、何となく速度に合わせて歩を進める。まるでパート練習みたいだと一人懐かしみながら。
posted at 23:01:46 10/02/16
79
「まだ元気がないな」心配そうに顔を覗き込まれて慌てて首を振る。「違うの、ただ、暖かくなったなぁって」言葉にして余計苦しくなる。「春は早い方がいいだろう」私の気持ちも知らずに、何事もなく答える冬の王。二月末。公園に寄り道する習慣は変わらない。春は、きっとかなしい。
posted at 23:47:27 10/02/16
80
考えるのはたったひとつ。すぐ側まで来ている冬の終わりを、いかに楽しく過ごすかということだった。春の訪れを忘れる為にイヴェールの元へ。私の来訪が少しだけ増えたのに彼は気づいているだろうか?気づいて欲しい、欲しくないと葛藤して、それでも微笑を見れば全て薄れてしまう。
posted at 23:26:57 10/02/17
81
「ヒナちゃん」振り向けば先輩が追いついてくる。「まだ学校あるんですね」「授業は無いんだ。でも名残惜しいから」ちらり校舎を振り返る。それから駅までの道、部活の近況を話しながら歩いた。「あ」「どうかした?」視線の先に銀色の瞳。珍しいなと思いながら先輩に別れを告げる。
posted at 23:34:27 10/02/18
82
「イヴェール」久々に街中で会えたのが嬉しくて駆け寄ったけれど、冬の王はどこか渋い顔。仕方なく歩くうちに口を開いてくれた。瞳は遥か後ろへ「…あれは」視線の先を探し首を傾げる。「部活の先輩?途中で一緒になったの」問われたと思って応えたのに、彼は再び黙ってしまった。
posted at 01:13:04 10/02/19
83
「忙しかった?」憮然とした様子に尋ねれば依然強張った口調。それに気づいたのか、改めて私を見る。「そんな事は無い」「ならいいけど…」腑に落ちなくて銀色を盗み見る。途端、ピタリと止まる彼。「この間の」「え」「今度作ると言ったろう」頷きながらも、困惑は深まるばかり。
posted at 23:32:06 10/02/19
84
「陽菜のは綺麗だよね。美味しいし」期末後の息抜きのような実習。余りものは持ち帰るようにと言われ、皆で作ったマフィンを包む。昨日のこともあるし、折角だからイヴェールにあげようか。考えていると優希と目が合う。「陽菜はそのほうがいいよ」私も、本当はこのままでいたいよ。
posted at 00:07:52 10/02/21
あいしてる 言い出せぬまま打ち消して 得られたものは 己の無害さ
あいしてる いいだせぬまま うちけして えられたものは おのれのむがいさ
posted at 00:19:11
帰り道 如月の空 雲ひいて 険しき催い 恋し五月雨
かえりみち きさらぎのそら くもひいて けわしきもよい こいしさみだれ
posted at 01:00:19
02月06日(土)
遮れば 沈むあかりも過ぎ行きて 忙しく寒し 底知れぬ夜半
さえぎれば しずむあかりも すぎゆきて さびしくさむし そこしれぬよわ
posted at 23:53:14
02月07日(日)
退屈なチェス盤の上罪の上 庭園暮れて永久のはじまり
たいくつな チェスばんのうえ つみのうえ ていえんくれて とわのはじまり
posted at 01:15:08
02月11日(木)
流れ出す。滲んだ心、脱いだ靴。ネイルは歪み、ノイズに塗れて。
ながれだす にじんだこころ ぬいだくつ ネイルはゆがみ ノイズにまみれて
posted at 02:33:49
02月12日(金)
灰色に光るしずくを振り切って 平気な横顔 本音は仮初
はいいろに にかるしずくを ふりきって へいきなよこがお ほんねはかりそめ
posted at 00:29:25
02月19日(金)
(逸る心 ひずみの中で振り向いて 返事を待てば朗らかな笑み)
はやるこころ ひずみのなかで ふりむいて へんじをまてば ほがらかなえみ
posted at 23:19:17
前を見て、耳に残るは 昔のあなた 明暗分けた 戻りえぬ昨日
まえをみて みみにのこるは むかしのあなた めいあんわけた もどりえぬきのう
posted at 23:22:53
02月24日(水)
やさしげな いつかの決意 揺さぶるは 永遠なしと 予感した朝
やさしげな いつかのけつい ゆさぶるは えいえんなしと よかんしたあさ
posted at 03:06:18
蘭の色 輪廻する恋 縷々連ね 連歌途絶えて 蝋はゆらめく
らんのいろ りんねするこい るるつらね れんかとだえて ろうはゆらめく
posted at 03:13:16
02月25日(木)
わだかまる 射抜きし君への 内側の 嘘でかためた音磨きせん
わだかまる いぬきしきみへの うちがわの うそでかためた おとみがきせん
posted at 00:05:48
了