忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[104]  [103]  [102]  [101]  [100]  [99]  [98]  [97]  [96]  [95]  [94
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 ガラスの向こうの彼は、楽しげに笑っていた。

 ブースの中からの、スピーカーを通して、彼の声を聞く。バスというよりテノールの、耳に心地良い澄んだ声。
 それはいつもと同じ。ラジオの前で正座する水曜の夜と同じ。
 でも違うのは、すぐ目の前に彼がいる。

 ガラスを一枚隔てたその場所で、聞き慣れた声で。子供っぽさを残した無邪気さで、身振り手振りを交えながら。
 目の前で、誰かのメールを読み上げる。
 私は呆然と立ち尽くした。
 
 ――今日はたくさんのリスナーさんが見に来てくれてまーす。
 
 そう言って、こちらに手を振る。
 沸き上がる歓声。
 
 胸の奥がゴウと熱くなった。
 あぁ、もういいや。
 あの笑顔が私だけのものじゃないと分かってるけど、それでもいいや。

 
 瞬きをするあいだのような、あっという間の30分。まだ夢から覚めていない心地のままで、私は人の波の中に居た。
 ビルから外に出ると街の喧騒が広がる。夏を目前に控えた都会の夕刻は、じわりと暑かった。

 
 人の波を縫う様に擦り抜けて、待ち合わせ場所へ。
 駅前のドトールで、女友達はコーヒーを飲んでいた。
 席に着くなり、ニヤリ笑顔が向けられる。

 
「どうだった?」

 一息をつく間もないまま、私は答える。


「よかった」

 胸がいっぱいすぎて、それしか言えなかった。

 この気持ちをどうして表現すればいいのだろう。
 目を閉じればまだ彼の姿が焼き付いているのに、耳の奥で彼の声が木霊しているのに。それを伝える言葉を、私は持ち合わせていない。
 
「よかった。凄くよかった。素敵だった」

 似たような言葉ばかりを並べて、でもやっぱり言い表せなくて。
 興奮したままの私の言葉に、彼女は優しく微笑んだ。
 そっか。

「それは良かったじゃない」

「うん」


 うん、うんと必死に頷いて。
 もう声すら出せなかった。
 からり。
 グラスの中で氷が音を立てた。
 よく澄んだ、涼しげな音だった。


「それじゃ、次はライブに行かなきゃね」


 泣きそうな私の頭をくしゃりと撫でてくれて。
 また、壊れた人形のように何度も頷くしかできなくて。

 
 よかったよ。
 すごくすごく、良かった。
 出逢えて良かった。
 

 涙を零す瞼の中の暗闇で、あの人は今も無邪気に微笑んでいた。
 
 そうして私は、ますます彼のファンになる。

Fin.

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]