ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
私達はカナリアの肩に留まりっぱなしの白いハトに導かれ繁華街へやってきた。
「で、どうするの?」
無駄に信号待ちなんてしながら、カナリアに尋ねる。彼女は彼女でハトを見る。
というか…こうして信号待ちをしている少女が空を司っているなんて、他の誰が信じるだろう。見た目に多少問題があるけど、(だって青い髪だし、肩にハトなんて留めてるし、)横断歩道を渡ろうとしてるなんて、やってることが平凡すぎる。
「この子はあの建物に反応してるわ」
カナリアが真っ直ぐに人差し指を向けた。私もそちらを見る。
それは、地上10階建てのショッピングモールだった。
あれ…もしかして、私本当に買い物に来たんだっけ? ちょっと錯覚をおこしかけて、頭を振った。
「あそこの…どこ?」
「それは分からないわ」
え。
悪びれもせずにさらっとそんなことを言う。
「普通に考えると最上階だろうけど、あの中に涼しい場所があればそっちかもしれないわね」
「それはまさか…一階ずつ確認するんじゃないよね?」
大丈夫よ、とカナリアは自信満々だった。
さすが空の人間。何か、てっとり早い方法が?
「一階ずつこの子の反応を見れば、わざわざ各階を歩き回らなくて済むから」
それはなんとも、頼もしい。
私の希望は、もはや粉々だった。
ううん。もしかすると、最初から無かったかもしれない。
更に誤算だったのは、その建物には地階が3階あったことだった。私達は地下の駐車場から確認して歩くことになった。
ひとつ階を登るたびに、少しウロウロしてハトの様子を伺う。何もなければまたひとつ上がって、少し歩き回って、その繰り返し。少し期待していた5階の『夏先どり水中花草展』にも冬の姿はなく、8階の倉庫スペースにも、9階のひとけの無い書道展にも、10階のレストランにも見当たらなかった。
「おかしいわね」
そう言いたいのはこっちだった。
「確かにこの子はここを向いてさえずったのに。移動したのかしら」
私達は10階の大窓から外を眺めた。勿論、冬の姿を見つけられるはずは無いけれど。
クルル。
またハトが鳴いた。今度は、向こうの観光タワーを見ている気がする。
「行きましょう」
「うん」
先を促す彼女に、私も頷いた。
これは…思っていたよりも大変な仕事だったみたい。安請け合いした過去の自分を少しだけ呪う。
「その『冬』はピースを奪って何をしたいの?」
タワーを目指しながら、私はずっと気になっていたことを聞いた。
『思いのまま』というのは聞いたけれど、思いのままにして何をしたいんだろう? 冬を長くしたいのかな?
「地球を救いたいのよ。彼なりにね」
「救う?」
「地球温暖化って知ってる?」
ちきゅうおんだんか。地球温暖化。
それは随分前から馴染みのある、それでいてどこか現実味に欠けた言葉だった。
カナリアがそんな言葉を知っていることにも驚いたが、とりあえず頷く。
「冬の民は、病み始めた自然を憂えているの。このままじゃ自然は…地球の未来は危ないと」
それは、私達人間の間でもうなされているかのように叫ばれている台詞だった。
「だから彼らは地球を冷やそうとしている。短絡的思考よ。『暑いなら、冷やせばいい』」
なるほど。簡単かつ、分かりやすい話だ。
「集めた破片を冬の支配化に置き、元通りにはめ込んだ空を年中寒くしておく。そうすれば少しでも地球が冷めるのではないか? だから、もっと破片が欲しい。それが冬の民の考え」
そうか。奪ったピースを冬空にして元に戻せば、その場所だけは冬の気候になるのか。熱湯にぎんぎんに冷やした氷をたくさん浮かべれば、確かにいつか常温に戻るかもしれない。
私はそこに、冬の自然に対する思い遣りの心を感じてしまった。
「…でもね」
見ると、カナリアは苦々しい表情を浮かべていた。それは呆れと言う名の、静かな怒り。
「自然の均衡を崩すことは、今以上に世界を危ぶませることになるのは間違いないの。たったひとつの破片でも」
私はここに来て、破片の重要さを理解した。そして、自然の複雑さを。病の深刻さを。
やっぱり駄目なんだ。ピースは取り返さないと。
いくら冬が地球を想っていても、間違った手段では救えないのだから。