むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
次第に肌寒くなりつつある大学帰り。
僕は軽く伸びをしながら坂道を降りていた。
90分かける3の授業で全身がかちこちに痛い。バイト先に入り浸りの僕でも、たまにはこうして講義に出ている。特に今日のように出席点の落とせない講義の日は至って真面目だ。
勿論退学になりたいわけではないし、この大学を選んだ限り夢のようなものもある。
とは言えど、バイト生活に重きを置かねばならない理由も存在するのだけれど。
坂道は落下速度をあげた太陽のせいで淋しげな色をさせていた。プラタナスの葉がコンクリートを覆っている。踏み締めて歩くと、カサリ、カサリと音が鳴った。
もう冬も近い。暖冬と噂される近頃ではあるけれど、都会育ちには気温二桁でも寒いのだ。
早々に引っ張り出してきたマフラーを首に巻いて、一年は早いなと実感していると、ポケットで携帯電話が鳴った。液晶画面を見るとバイト先の番号だった。
「はい、和弘です。どうしたんですか?」
同時に足許を何かが通り過ぎて、僕はたたらを踏む。
「――っと、危ない!」
目に入ったのはまだ小さな三毛猫だった。声をあげると子猫もまた驚いたようにこちらを見上げた。心なし首を傾げているようにも見える。その仕草が可愛かったので、話しかけるようにして腰を屈めた。
「急に飛び出して来たら、踏まれちゃうよ」
猫は警戒するように僕をじっと見ていたが、逃げる素振りはなかった。植木の間からこちらを窺っているので、笑って手を振りながらその前を通り過ぎた。
「いえ、こっちの話です」
さっきの大声で、電話口に怪訝がられてしまった。改めて用件を聞くといつもの雑用だ。どうやら水周りの把握が出来ていないらしい。
「茶葉ですか?接客用ならまだ買い置きがありますよ。食器棚の上の左側の扉の中です。ちなみに右下の戸棚にお茶受けが入ってます…コーヒー?」
会話の途中で、ふいに気になって振り返る。そろそろ寒くなるのに大丈夫かなとぼんやり考えながら。けれど猫の姿はもうない。
受話器の向こうでは相変わらず戸棚を物色する気配。それから諦めたような潔い声。
「分かりました、明日でいいなら買って行きます。…ところでこれって、事務仕事じゃないですよね?僕の仕事って当初は書類整理って話だったと思うんですけど。バイトもう一人雇うって話はどうなったんですか…って、聞いてます?ちょっと、所長?」
耳元で無機質な電子音が響く。
いくら耳を当ててももう人の声はしなかった。
「…切りやがった」
寒さもあいまって溜め息が零れる。
最近気がついたけれど、仕事内容が事務だけでなく雑用と家事まで広がっている。
楽しいから良いものの、このままだと本格的にバイト中心の日常になりそうだ。本気で単位を落としたらどうしてくれよう。
「あの事務所って、正社員雇用あるのかなぁ…」
我知らず独り言ちると、狙い済ましたかのように冷たい風が吹いた。
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