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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 メイドカフェの看板があるテナントビルの上階。
 掃除もロクにされていない事務所風の部屋は、閉め切られていたのか黴臭い。積み上げられた本の山は薄く埃が覆っている。

「まずは、お前の名前くらいは教えてもらおうか。それくらいは言えるだろ」

 常田は少年をソファに座らせ、肩に包帯を巻いてやりながら聞いた。

「…ユウ。幽玄の、幽霊のユウ」
「幽、ね」
 シャツに袖を通すのを見て、スーツのポケットから煙草を取り出す。少年はその様子を目で追いはしたが、何も言わなかったのでそのまま火を点ける。
「俺はアサトだ。植物の麻に、星の斗」
「随分風流な言い方だね。分かり辛いけど」
 まるで皮肉に聞こえない皮肉に常田が軽く笑う。
 先刻の場所から離れたことで、少年・幽も随分安定しているらしい。革のソファに身を沈めさせながら、じっと常田の行動を窺っている。どうやら警戒ではなく、好奇心のようだった。

「で。幽はこれからどうするつもりだ。『サーカス』ってのが何かは知らないが、少なくとも警察ではなさそうだな」
 常田の言葉にまた幽の顔色がわずかに曇る。


「あんた、探偵か何かなの」
「似たようなもんだ。…何か盗みでもしたか」
「盗みじゃない。守っただけ」
「逃げられるのか?」
「逃げたい」

 逃げたい、ね。腹の辺りで呟いてから、常田は紫煙を吐き出す。
 それから、改めて幽の容貌を眺める。

 外見は高校生くらい。けれど身に纏うものは制服ではなく、白のカッターシャツにジーンズ。足元は何故かサンダル。夜に出歩くにしては薄着過ぎる気がする。
 傷は思いのほか深くはなかったようで、応急処置でなんとか止血することができた。顔や腕も泥やら血やらを拭けば出血が続いている様子はなかった。それとも、彼のものではなかったか。
 追われていると言っていた以上、何か理由があるのだろうか。常田は自分の学生時代を思い出しながら自嘲気味に溜め息を吐いた。

「とにかく、拾ったよしみだ。朝までは匿ってやる。だから少し休むといい」
 今度は部屋の隅にあった毛布を放って促す。幽はそれに驚きつつも、目を細めながら頷いた。

「ありがとう。でもいいんだ、眠くないから」
「じゃあ、寝なくていいから横になっとけ」
 その余りにぞんざいな言葉に、初めて少年が笑った。

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