ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
19
カーテンを開けて息を呑む。夕方まで何ともなかった景色が白銀に埋め尽くされていた。それが積雪だと気付くのに時間がかかる。だって、こんな量の雪なんてスキー場でしか見たことない。『今年は異常な寒波が――』天気予報を耳にしながら、きっと『彼』に何かあるのだと思い耽った。
posted at 00:36:09 09/12/20
20
突然の雪に交通網は停止、学校は休みになった。潰え無く降りしきる細雪の中、私は母に止められるのも聞かず家を出る。行き先は言い訳のコンビニではなく冬の王の元へ。何が出来るか分からないけど、行かなければならないと自分が言っている。だって、他の人に彼は見えないのだから。
posted at 16:44:49 09/12/20
21
困惑で溢れた街も、公園は別世界の様に静まっていた。何日も会うことのない冬の王。けれど今日は見つけられる気がしていた。風に乗り雪が踊る。無音の風は壁となり行く手を阻む。私はそれに逆らう。そして流れが途切れた先には白銀の髪に寂しい枯野色。凍った湖の中央に、彼は佇む。
posted at 01:39:20 09/12/21
22
雪の静寂が声を消す。迷いはなかった。深く曇る氷に踏み出してもう一度。呼応に振り向いた瞳は寂しく見えて、喉奥がチクリと痛む。あの瞳は人間を見ない。冬だけを守り、そこに住む人間を見る事はない。なのに何故泣きそうな顔をしているの?「ねぇ、「帰れ」容赦ない声が距離を遮る
posted at 23:41:09 09/12/21
at present - this year
23
「っくしゅ!」盛大に顔を背け、振り仰げば待っている冬の王の苦笑。「だから寒いと言ったろう」「大丈夫よ。ほら」たった今手に入れてきた果物を袋から披露する。「ほう、用意が良いな」「でしょう?それから」今度は反対の鞄から「かぼちゃのケーキを作ったんだけど、食べない?」
posted at 23:55:44 09/12/22
24
「おはよう」コートに顔を埋めて私は彼に会いに行く。何故だか首を傾げるので「どうかした?」「お前はガクセイだろう?ガッコウはいいのか」クスリと笑うと、冬の王の眉が僅かに上下する。「だって、もう冬休みだもの」だからもっと会いに来るよ。不服そうだけど断られなかった。
posted at 17:54:25 09/12/23
25
今日は何の日?ふわふわの高揚感で冬の王に尋ねる。「降誕祭前夜か」「なんだ、つまんないの」彼がふふ、と笑う「私は冬だ。人間の催す節目とはいえ、冬中に知らぬ物は無い」「じゃあプレゼントね」手渡したのは雪色マフラー。彼の微笑を見れただけで、ここ数日の徹夜が浮かばれる。
posted at 22:50:41 09/12/24
26
午前零時を廻った途端、窓ガラスを何かが叩く。カーテンの先には普段に増して真白な冬の王。「どうしたの?」「いいから、ほら」誘われるまま手を取ると、いつの間にか空の上。頭上に満天の星、足許には街の光。彼は首のマフラーを指し「これの礼だ。それと、『メリークリスマス』」
posted at 00:00:04 09/12/25
in the past - a year ago
27
「聞こえなかったか。帰れ」その瞳は私が入り込むのを良しとしていない。けれど「…嫌よ」苛々が膨らむのと比例して雪の粒が大きく冷たくなっていく。嗚呼、彼は冬だ。だけど彼は一度でも私を見てくれた。今はそれを忘れたくない。「ねぇ、貴方が私達を嫌いでも、私は貴方が好きよ」
posted at 00:43:00 09/12/26
28
僅かに雪が弱まる。狭い視野に呆然と私を見る瞳が映った。「冬が人間を見限っても、私には貴方が見える。だから、どうか」それ以上何を言おうとしたのか自分でも分からない。声が届いたのかさえ、白い息で見えない。足元に亀裂が入る。落ちる。その覚悟を繋ぎ止める何かが在った。
posted at 23:03:21 09/12/26
29
体を包んだのは身を裂く湖水ではなくて、ひやりと柔らかい風。そっと開けた目には私の腕をとる白い掌があった。「愚かな人の子だ」銀の目が揺れる「冬は脅威だ。それでも尚、私を見るというのか」「見るわ」私は精一杯微笑む。冬の王は重ねて愚かだと嘆き、静かに目を伏せた。
posted at 23:41:37 09/12/27
30
帰り道に公園を抜けるのは既に日課。時間があれば毎日のように冬の王に会いに行く。「こんにちは」「…懲りない奴だな」溜息と共に睨まれても私は気付いていた。いつしか言葉を返してくれる様になったのが嬉しくて、たったそれだけの為に用もなく、私は今日も冬空の下を歩いていく。
posted at 23:15:38 09/12/28
入り口から見えたのは花時計と噴水。そのすぐ側のブランコに、幼い女の子が座っている。
「華ちゃん?」
彼女が声をかけると、俯いていた少女が顔を上げる。
その表情が一気に輝いた。
「おかぁさん!」
ブランコから飛び降りて、ぱたぱたと跳ねるように駆け寄ってくる。そしてしっかりと母親の腕に抱きしめられると、安心したようにぴったりとくっついた。
「もう、どこに行っていたの。駄目じゃない」
「ごめんなさい…」
決まり悪そうに小さな声で謝る。ほんとにもう、と嗜める母親もまた、眉を顰めながらも口元が綻んでいる。どうやら、はぐれた場所から近い公園に戻ってきていたらしい。
とにかく、大事に至らなくて良かった。二人の様子を微笑ましく見守っていると、ふいに華ちゃんが僕の存在に気がついた。
「あ、さっきのお兄ちゃん!」
無邪気に喜ぶ彼女に、一方で僕は内心首を傾げる。『さっき』?どこかで擦れ違っていただろうか。そのうちに皐月さんが顔を上げた。
「ありがとう、和弘くん」
「見つかって良かったですね」
包み込む太陽の微笑みにつられるように笑って、それから屈んで少女にも笑顔を返した。
「華ちゃんも、もうはぐれちゃ駄目だよ」
「うん!」
折れそうな細い首で精一杯頷いた。やっぱり子供は元気の塊だ。眩しくて、大人が思う以上に頑丈で。
皐月さんが華ちゃんの頭を撫でる。華ちゃんは嬉しそうに目を細める。
二人の影越しに、傾き始めた太陽が光っていた。少し離れたどこかで鬼ごっこをしている子供達の声がする。木枯らしで銀杏の葉がかさかさと舞った。もうすっかり日も短い。
「和弘?」
ふいに知った声で名前を呼ばれて、僕はゆっくり振り向いた。
そこにはビニール袋を手に提げたスーツ姿の男。
「あ、恵さん」
思いがけずバイトの雇い主に会って、僕は破顔する。
「どうしたんですか?こんなところで」
尋ねると彼は何ともなしにビニール袋を掲げて見せた。袋の表には馴染みの喫茶店のロゴが入っている。
「コーヒーを買いにな。お前こそ何してたんだ、こんな場所で」
「僕は迷子探しですよ」
恵さんは暫く僕の顔を見て、それからちらと辺りを見回した。
「一人で?」
「一人?まさか」
訝しげに返されて、思わず苦笑する。そうして、すぐ傍の皐月さん親子を紹介する。
いや、正しくは紹介しようとした。けれどそれは叶わなかった。なぜなら数歩後ろに居たはずの彼女達が居なくなっていたからだ。
周りを見回しても人影は無い。二人の姿を隠してしまいそうな障害物も無い。あるのは空のブランコと、低い山茶花の生垣。それからその枝にかけられた、あの人に貸したはずの赤いマフラー。
どうして、と一瞬だけ戸惑う。
けれどなんとなく、ああやっぱりという気もしていた。
気配のようなものだろうか。最初に会ったときのあの不思議な感覚。それから、自販のミルクティーをゆっくりと飲む彼女の様子と。
「まさか、ね」
一人呟きながら、ふっと口角をあげる。
花を傷めてしまわないようマフラーをそっと外した。暖かな朱の色は誰かの手によって丁寧に置かれたように見えた。茂みの向こうに三毛色が揺れた気がしたのは、多分気のせいだろう。
「そうだ。ちょっとケーキ買いに行きませんか」
「ケーキぃ?なんでまた」
面倒そうに眉根を寄せる彼を尻目に、異論を唱えさせないよう勝手に荷物を引き取る。
何度も言うが、こういうのは得意だ。伊達にあの事務所で接客係などやっていない。
「絵那さんから教わったケーキ屋がこの辺りなんです。小さなお店だけど美味しいらしいですよ」
それを黙って見過ごしながら、恵さんは軽く溜め息を吐いた。
「……モンブランがあるなら」
勝ち誇ったようににこりと笑って、僕は彼を先導するために道を指す。
そうして、コンクリートに敷き詰められた枯れ葉の上を、二人で歩いていった。