むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
どうも、おかしい。
どうしてパズルを探している人は、揃ってせっかちなんだろう。最後まで話くらい聞いてくれたっていいじゃない。
…でも、まあ、とにかく。
これで厄介事は終わったわけだ。めでたしめでたし。ついでに、私の体重も5キロくらい減ってくれれば更にめでたいのに。
肩の荷が下りた気分で私は無事家まで帰ってきた。ドアノブを捻って、中に入ろうとした…
その瞬間だった。
「遅いわ」
突然真後ろから響いた声に、体が地面から数ミリ浮いた。
「え、あれ?」
驚いて振り返ると、この間のワンピースの少女だった。あの白いハトを肩に留まらせて、なんだか少し怒った様子で腕組みをしている。
彼女は組んでいた手を解いて、右の手のひらを私に見せた。
「さぁ、破片を返して頂戴」
???
頭の中で「?」マークが飛び回る。返すも何も、もう手元にパズルはない。
私は彼女のその手のひらをたっぷり見つめてから、念のため問い返してみた。
「だってさっき、返したでしょ?」
言ったきり二人の間に広がる、一瞬の沈黙。
少女は一瞬手を引っ込めたが、また勢いよく突き出してきた。
「意味が分からないわ。さあ、返して頂戴」
「いや、だからね」
どうも混乱しているようだ。きっと説明が足りなかったんだろう。私は丁寧に主語述語を交えて言いなおした。
「さっきバスを降りたところにあなたの知り合いの人が居て、パズルを返してって言ってたから、その人に返したのよ」
「何言ってるの。私はちゃんと『3日後の同じ時間』って言ったでしょう」
そう言われて腕時計を見る。すると先日と同じ時間を少し回ったところだった。じゃあ、さっき男の人に会ったのはもう15分は前ということになる。確かに、ちょっと早かったかな?
「『わたしの知り合い』というのは、誰?」
「わ、わかんないよ。でも、『知り合い?』って聞いたら男の人が『はい』って、確かに」
「男の人…どんな?」
その顔は深刻そうだった。
私は事情聴取の如く尋ねられて、その男性の特徴を思い出す。
「ええと…白髪混じりなのかな? 灰色の髪で、服も同じような灰色の上下で。顔色が悪くて…白いマフラーを巻いてて…」
「――銀色の目をしていた?」
少女がぽつりと付け足す。なんだ。やっぱり知り合いなんだ。私はこくりと頷いた。
すると少女は反対に首を横に振った。
「違うわ」
何が?
「その人は、私の『知り合い』じゃない」
まるでそれに同意するように、ハトが鳴いた。
少女の声は低く、感情を押し殺したように静かだった。
「…やられたわ。先手を取られた」
なんとなく、背筋に冷たいものを感じた。なにか、なにか取り返しのつかないことをしてしまった気がする。それは、あんなに気の強そうだった彼女が妙に落ち着いている様子からも感じ取れた。
「あなたも、とんでもないことをしてくれたわね」
ふいに、少女の目に怒りの色がついた。
それはいったい誰に向けた怒りなんだろう。
…もしかして、私にじゃないよね?
どうしてパズルを探している人は、揃ってせっかちなんだろう。最後まで話くらい聞いてくれたっていいじゃない。
…でも、まあ、とにかく。
これで厄介事は終わったわけだ。めでたしめでたし。ついでに、私の体重も5キロくらい減ってくれれば更にめでたいのに。
肩の荷が下りた気分で私は無事家まで帰ってきた。ドアノブを捻って、中に入ろうとした…
その瞬間だった。
「遅いわ」
突然真後ろから響いた声に、体が地面から数ミリ浮いた。
「え、あれ?」
驚いて振り返ると、この間のワンピースの少女だった。あの白いハトを肩に留まらせて、なんだか少し怒った様子で腕組みをしている。
彼女は組んでいた手を解いて、右の手のひらを私に見せた。
「さぁ、破片を返して頂戴」
???
頭の中で「?」マークが飛び回る。返すも何も、もう手元にパズルはない。
私は彼女のその手のひらをたっぷり見つめてから、念のため問い返してみた。
「だってさっき、返したでしょ?」
言ったきり二人の間に広がる、一瞬の沈黙。
少女は一瞬手を引っ込めたが、また勢いよく突き出してきた。
「意味が分からないわ。さあ、返して頂戴」
「いや、だからね」
どうも混乱しているようだ。きっと説明が足りなかったんだろう。私は丁寧に主語述語を交えて言いなおした。
「さっきバスを降りたところにあなたの知り合いの人が居て、パズルを返してって言ってたから、その人に返したのよ」
「何言ってるの。私はちゃんと『3日後の同じ時間』って言ったでしょう」
そう言われて腕時計を見る。すると先日と同じ時間を少し回ったところだった。じゃあ、さっき男の人に会ったのはもう15分は前ということになる。確かに、ちょっと早かったかな?
「『わたしの知り合い』というのは、誰?」
「わ、わかんないよ。でも、『知り合い?』って聞いたら男の人が『はい』って、確かに」
「男の人…どんな?」
その顔は深刻そうだった。
私は事情聴取の如く尋ねられて、その男性の特徴を思い出す。
「ええと…白髪混じりなのかな? 灰色の髪で、服も同じような灰色の上下で。顔色が悪くて…白いマフラーを巻いてて…」
「――銀色の目をしていた?」
少女がぽつりと付け足す。なんだ。やっぱり知り合いなんだ。私はこくりと頷いた。
すると少女は反対に首を横に振った。
「違うわ」
何が?
「その人は、私の『知り合い』じゃない」
まるでそれに同意するように、ハトが鳴いた。
少女の声は低く、感情を押し殺したように静かだった。
「…やられたわ。先手を取られた」
なんとなく、背筋に冷たいものを感じた。なにか、なにか取り返しのつかないことをしてしまった気がする。それは、あんなに気の強そうだった彼女が妙に落ち着いている様子からも感じ取れた。
「あなたも、とんでもないことをしてくれたわね」
ふいに、少女の目に怒りの色がついた。
それはいったい誰に向けた怒りなんだろう。
…もしかして、私にじゃないよね?
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「うーん…」
結局あの女の子のことを誰かに相談するか迷ってるうちに、3日経ってしまった。
約束は約束だから、今日はパズルのピースを持ち歩いていた。ビンに入れたまま。
「…うーん…」
もしあの子が話に聞く不審者なら、警察かどこかに届けるべきだろうか。
でもなんて?
私:『パズルを探している女の子がいました』
警察:『ああそうですか。では返してあげて下さい』
…だめだ。どっちかというと私が不審だ。
「どうした? 結衣。難しい顔してるぞー?」
席に座ったままでもやもやしていると、前の席の椅子が引かれた。智美だ。
「悩み事?」
彼女はこちら向きで座って私の顔を伺った。どうやら随分深刻めいた表情をしていたらしい。
「別に…あぁそうだ。私『パズルの男』に会ったよ。女の子だったけど」
「あぁこないだの? なんだ、本当にいたのか。で、どうだった?」
「話通りパズルのこと聞かれて、答えたら帰ってった。通報とかしたほう良かったかな?」
「いいんじゃないの、別に。ナイフ振り回す訳じゃなし」
「だよねぇ」
それで、私はすっかり悩むことをやめた。まぁ確かに実害がある訳でもないし、ピースを返せば不審者ももう出てこないかもしれない。不審者と言い切れないしね。
溜め息を吐くと、智美が面白そうにからからと笑った。
「っていうか、女の子だったんだ。それはそれで怖いね」
「…うん…まぁ、怖かったよ」
高圧的な態度がね。
そしてとうとう、帰宅時間がやってきた。
帰り道。今日は曇り空。
『3日後の同じ時間に』と言っていたから、多分彼女は3日前と同じ場所で待っているんだろうな。そう思いながら家の近くのバス停で下車した。
「あの」
ステップを降りてドアが閉まった途端。
低い声がした。そちらに目を向けると、見知らぬ人が立っていた。
「そのパズルピース、いただけませんか」
声からして男の人だった。服も少しだらしない髪も灰色。顔色は悪く、青白いほどに白かった。そしてそれに合わせたかのような白いマフラーをぐるぐる巻いていた。
「これ…ですか?」
相手は無言で首を上下させた。
というか、もう温かくなって久しいのにどうしてマフラー? 具合でも悪いのだろうか。
そして、どうして私がパズルを持っているのを知っているんだろう。…あ、もしかして。
「もしかして、あなたこのあいだの子の知り合いですか?」
男の人は、充分間をとった後頷いた。
「…はい。私が落としたのではない…けれど、一度は私のものになったものです」
よく分からないけど、もともとの持ち主で、それからあの子に譲ったのだろうか。
あの子、今日は都合でも悪くなったのかな。
「これです、どうぞ」
少し引っ掛かったけれど、鞄からピースを出して、ジャムビンのまま渡した。
男性はビンを大事そうに手にした。
「ありがとう」
その時、一瞬だけ目が見えた。長い前髪の間から。
銀色の、瞳が。
え…?
見間違い、だろうか。
もう一度顔を覗き込む度胸がなかった。すぐに目を離して、話題を変える。
「ところで、この前の子はどうしたんですか?」
私は返事を待った。しかし、男からは何のリアクションも帰ってこない。
妙に思って、顔を上げる。
すると、またもや。
そこにいたはずの人間が、忽然と消えていた。
結局あの女の子のことを誰かに相談するか迷ってるうちに、3日経ってしまった。
約束は約束だから、今日はパズルのピースを持ち歩いていた。ビンに入れたまま。
「…うーん…」
もしあの子が話に聞く不審者なら、警察かどこかに届けるべきだろうか。
でもなんて?
私:『パズルを探している女の子がいました』
警察:『ああそうですか。では返してあげて下さい』
…だめだ。どっちかというと私が不審だ。
「どうした? 結衣。難しい顔してるぞー?」
席に座ったままでもやもやしていると、前の席の椅子が引かれた。智美だ。
「悩み事?」
彼女はこちら向きで座って私の顔を伺った。どうやら随分深刻めいた表情をしていたらしい。
「別に…あぁそうだ。私『パズルの男』に会ったよ。女の子だったけど」
「あぁこないだの? なんだ、本当にいたのか。で、どうだった?」
「話通りパズルのこと聞かれて、答えたら帰ってった。通報とかしたほう良かったかな?」
「いいんじゃないの、別に。ナイフ振り回す訳じゃなし」
「だよねぇ」
それで、私はすっかり悩むことをやめた。まぁ確かに実害がある訳でもないし、ピースを返せば不審者ももう出てこないかもしれない。不審者と言い切れないしね。
溜め息を吐くと、智美が面白そうにからからと笑った。
「っていうか、女の子だったんだ。それはそれで怖いね」
「…うん…まぁ、怖かったよ」
高圧的な態度がね。
そしてとうとう、帰宅時間がやってきた。
帰り道。今日は曇り空。
『3日後の同じ時間に』と言っていたから、多分彼女は3日前と同じ場所で待っているんだろうな。そう思いながら家の近くのバス停で下車した。
「あの」
ステップを降りてドアが閉まった途端。
低い声がした。そちらに目を向けると、見知らぬ人が立っていた。
「そのパズルピース、いただけませんか」
声からして男の人だった。服も少しだらしない髪も灰色。顔色は悪く、青白いほどに白かった。そしてそれに合わせたかのような白いマフラーをぐるぐる巻いていた。
「これ…ですか?」
相手は無言で首を上下させた。
というか、もう温かくなって久しいのにどうしてマフラー? 具合でも悪いのだろうか。
そして、どうして私がパズルを持っているのを知っているんだろう。…あ、もしかして。
「もしかして、あなたこのあいだの子の知り合いですか?」
男の人は、充分間をとった後頷いた。
「…はい。私が落としたのではない…けれど、一度は私のものになったものです」
よく分からないけど、もともとの持ち主で、それからあの子に譲ったのだろうか。
あの子、今日は都合でも悪くなったのかな。
「これです、どうぞ」
少し引っ掛かったけれど、鞄からピースを出して、ジャムビンのまま渡した。
男性はビンを大事そうに手にした。
「ありがとう」
その時、一瞬だけ目が見えた。長い前髪の間から。
銀色の、瞳が。
え…?
見間違い、だろうか。
もう一度顔を覗き込む度胸がなかった。すぐに目を離して、話題を変える。
「ところで、この前の子はどうしたんですか?」
私は返事を待った。しかし、男からは何のリアクションも帰ってこない。
妙に思って、顔を上げる。
すると、またもや。
そこにいたはずの人間が、忽然と消えていた。
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