忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 約束通り、薊堂の面々が夏端家を訪れたのは翌日の昼過ぎのことだった。
 夏を呼ぶ強い日差しの下、家に住まう親族を揃えて彼らを迎えた。
 夏端家は都会と山麓の混じり合う町の…いや、人間が自然を侵食し果てた境目に位置していた。薊堂のある都市からは電車で2時間はかかる場所だった。

「遅くなって申し訳ありません」
「いいえ、時間通りですよ。お待ちしていました」
 七変化の青く染まる庭先で彼らは向かい合う。
 丁寧に頭を下げる常葉の後ろには、純白のセーラー服に身を包んだ少女。黒い髪に黒い瞳。青年の影にすっぽりと収まるその姿はまるで蔵の奥で眠る人形のようだ。
「貴方が夏端さんね。今日はよろしく」
「こちらこそ、お手数をお掛けします」
 少女は昨日と打って変わって元気が良かった。片手にラムネの瓶、もう片手に林檎飴を持っている所を見ると、どうやら駅前の露店を覗いて来たらしい。反対に青年、常葉のほうがげんなりしているのは気のせいだろうか。
 少女――翠仙(スイセン)と言うらしい――は、林檎飴をくわえようとした手をぴたりと止めた。耳をそばだてるように、家の縁を取り囲む騒々と揺れる森に目を向ける。

「常葉」
 短く呼ぶ声に常葉は居住まいを正した。心得たように振り向いて、言葉を待つ。
「なんかこのへん、気持ちわるい」
「妖(あやかし)の仕業かな」
「分かんないけど、似た臭いがする」
 翠仙は眉をひそめると、空になったラムネ瓶を常葉に手渡した。カラリ、と涼やかな音が洩れる。

「ちょっと見てくる」
「気をつけるんだよ」
 家の裏手につま先を向けながら、彼の言葉に一瞬だけ振り返る。
 そして大分大儀そうに笑った。
「あたしを誰だと思ってんの。閻魔大王だって黙り込む翠仙様だよ?」

 ――『薊堂は狐憑き』。
 跳ねる様に駆けて行く後姿を見送りながら、夏端は、もしや彼女がそうなのだろうかと予感した。

 蒼天に高く、夏雲と蝉の声が木霊していた。


 依頼主の人間を常葉に任せて、翠仙は歪んだ気配を辿り夏端家の裏手の山を登った。
 山と言っても地図に名前が残るほどの大きなものではない。頂上まで行くのにもせいぜい半時。それにどうやら『気配』が残るのは中腹辺りで、それこそ数分もしないうちに辿り着くことができそうだった。
 ひらひらと、スカートの裾が閃くのもお構いなしに駆けていく。常葉には『はしたない』とお小言を言われるだろうが、幸い彼は今側にいない。
 大体、常葉は口煩過ぎるのだ。人間の形(なり)で何を言うのか。
 そう、ぶつぶつと想い巡らせながら。

 足元の崩れて斜面と同化した階段道は、石やコンクリートで補強されている様子もない。手入れが行き届いていないというのは本当なのだろう。これでは仕方無いと思いながら、翠仙は『そこ』に行き着いた。

拍手[0回]

PR
 夏端は、ここ数ヶ月自宅に降り懸かっている『困り事』の顛末を青年に話した。
 誰も居ない廊下を人の歩く気配がすること、仏壇の位牌が倒れること。数日に一度かかってくる無音電話。屋根裏からのすすり泣く声を聞く者がいること。母が見るという奇妙な夢。そして、障子に映る獣の影。
 お蔭で家族の誰もが尖っていて、特に母や妻などは睡眠不足に陥っていた。

 時折紙にペンを走らせながら、常葉は終始黙って話を聞いていた。夏端が言い淀むと、それを促すようにそっと相槌を打つ。表情は真摯で、客人の話を馬鹿にしたり適当にあしらったりという様子はなかった。
 夏端がやっとの思いで一通りを喋り終える。誰かに聞き入れて貰えただけで随分身体の中の重いものが出て行った感じがした。息を吐いた絶妙なタイミングで、今度は常葉が質問を重ねた。

「家の側に、普段は誰も近寄らないような社や堂はありませんか」
「社…そういえば、裏の山に小さな祠があります」
「祠ですか」
 何か思案するように細められた瞳。身構える暇もなく、またすぐに夏端を窺う。
「その管理は、御宅が?」
「いえ。以前はうちが見ていたようですが、曾祖母が亡くなってからは」
 紙上にざっと目を通して、静かに頷く常葉。
「成程。やはり直に見たほうが良いですね。――翠仙」

 声につられて、夏端もまた彼の振り向いた先に目をやった。窓際のソファ。背もたれの影からは変わらず誰かが寝息を立てる気配がする。

「翠仙。聞こえているんだろう?」

 背もたれを覗き込むようにして声をかける。やがて観念したように、『誰か』がもぞもぞと身動きする。そして酷く面倒臭そうな顔が、ソファの内側から起き上がった。

 少女だった。

 真っ白なセーラーの夏服に身を包んだ、器量の良い娘。何処の制服かは分からないけれど、胸元の紅いスカーフが射光に眩しく映えていた。
 目を覚ましたばかりの少女は無言だった。端からも不機嫌なのが見て取れる。
 切れ長の目に、隠そうともしない感情。まるで気紛れな猫のようだ。見た目は高校生くらい、幼い顔立ちからしてまだ中学生でも通るかもしれない。

「おはよう。お客様だよ」
 穏やかに話しかける常葉を、何も言わずにじっとりと睨み上げる。視線に込められた恨みがましさに気付かぬ振りをして、彼もまた少女を見下ろした。すると今度は、それをいいことに横になってしまう。
 再び夏端からは窺えなくなったソファの向こうから、聞こえてきたのは安らかな寝息。
 やれやれと、芝居がかった仕草で常葉は肩を竦める。
 それから困惑したままの客人にふっと微笑を返した。

「それでは明日、伺わせて頂きます。宜しいですか」

 返す言葉も見つからないまま、夏端はただただ首を縦に揺らした。
 

拍手[0回]

 都心の繁華街の末、コンクリートビルが押し込められた一角にその建物はある。

 まるで時代の忘れ形見。ビルとビルの隙間に過去のまま切り取られたかの如き、以前は時代の最先端であったはずの擬洋風建築。煉瓦造りの三階建て、漆黒の瓦屋根の端からは行灯を模したランプがひとつ下がっている。
 ひょろりと縦に長い屋敷の、正面には観音開きの大きな扉がある。格子戸を押し開くと、一人の男が出迎えることとなる。

「いらっしゃいませ。お客様ですか」

 入り口のその真上に掲げられる檜の看板には力強く二文字。
 曰く、『薊堂』。
 それがこの建物を拠点とする店の名前だった。


 建物の中は意外にも狭く、一階のエントランスホールにはカウンターが備えられているだけだった。
 まるでホテルのロビーのように、オークのフロントデスクの上に金色のベルがひとつ。足を踏み入れた男性が恐る恐るチリンと鳴らすと、階段の上でドアが開いた。
 やがて中央階段を静かに、ひとりの青年が降りてきた。
「いらっしゃいませ」
 彼はスラックスにワイシャツというラフな出で立ちで、燕尾服に身を固めた男か中世ヨーロッパの雰囲気を残した給仕の女が降りてくるのではないかと身構えていた『客人』には心安さが訪れていた。

「あの、こちらは薊(アザミ)堂でよろしいですよね」
 入り口で何度も確認したその名を尋ねるのは、不安を抱えた依頼主に共通する形式儀礼のようなものだった。ゆえに、接客役の彼もまた柔らかに笑う。
「はい。どうぞ、こちらへ」
 通されたのは二階の重たい扉の先。そこは絨毯こそ敷き詰められていなかったが、やはり復古調の香りが漂う小奇麗な洋間だった。
 部屋の奥には天井まである大きな窓と執務机。左右壁際には蔵書室のような本棚。中央には来客用のテーブル、それを囲うようにソファが揃っている。
 客人の男・夏端(なつはし)は辺りを見渡す。本棚の左隅、窓に向けて添えられたソファでは、誰かが寝息を立てているのが窺えた。

「申し遅れました。わたくし常葉(トキワ)と申します」
「夏端です」
 勧められるままに腰掛けると、青年がお茶請けを運んできた。机がひとつしかないのを見ると、接客係も責任者も全て目の前の青年が兼務しているのかもしれない。
「あの……それで、知人から紹介されて来たのですが、ここならどんな話でも聞いて貰えるというのは本当でしょうか」
 夏端は珈琲で口を潤すと、正面に腰を下ろした青年・常葉に向かって言葉を投げかけた。常葉はにこりと笑う。

「はい。私共が商うのは萬屋(よろずや)と呼ばれる類ですから」
「ならば、幽霊や妖怪の類でも?」
「妖怪ですか?」
「実は薊堂は狐憑きだという話を耳にして」
 妙な客だと思われるかもしれない。男の心の中にはそう過ぎりもしたが、恥や外聞を気にしていられる頃合いはとうに越えていた。今は誰でも良いのだ。話を聞いてくれない警察が頼れないとすると、自分たちにはここしか無い。
「狐、ですか」
 夏端が意気込んでいると、その心配を余所に青年は、ふむ、と首を傾ぐ。
 やがて少々戸惑ったような苦い笑いを浮かべた。

「それはおそらく私共が妖に因んだ仕事――拝み屋のような仕事も請けることが多いからでしょう」
「では……」

 その言葉に些か安堵する。
 男は凝り固まっていた息を言葉と共に吐き出した。常葉という青年の微笑が、この上ない救いのように思えた。

「それでは、困り事を御聞きしても良いですか」

拍手[0回]

Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]