むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「これが祠かぁ」
話に聞いた、何を奉っているとも知れない小さな祠。けれどそれがただの飾りでないことは、張り巡らされた注連縄と頑丈な石の造りから見て取れる。
「御狐様ではないみたいだけど」
翠仙は四方八方から遠慮なしに祠を眺めた。歪んだ気は確かに感じるが、ここに来る間に随分薄れてしまったので正体がよく判らない。立ったりしゃがんだりと、奇妙な所がないかと探し回る。時折手を伸ばしながら。
「あれ。なんだろ」
祠の厨子が開いて中が見える。その中には傷付き風雨に汚れた御神体が転がっていた。
文字通り転がっているのだ。ボロボロの布に包まれた何かが正しい場所に納まるでもなく、扉の内側に倒れ込んでいる。翠仙はそれを拾い上げようとして、何かを察して指先を宙で止める。
「翠仙!」
傾斜を見下ろすと、数メートル下に常葉の姿があった。足場の悪い道をそろりそろりと登ってくる。
「あら、貴方まで来たの? 別にいいのに」
翠仙は林檎飴のついていた割り箸を袋に仕舞うと、スカートのポケットに押し込んだ。常葉の到着を待たずに何かを唱える。
時の流れのような、滾々(こんこん)と湧きいずる言葉の鎖。それは祝詞のようでも真言のようでもあった。
そして鎖の終わりにはっきりと、喉の奥から言葉を発する。
「臨兵闘者皆陣列在前」
両の手で結ぶのは九文字の印。曰く、『兵に臨みて闘ふ者は皆陣列の前に在り』と。いかなる敵でさえ恐れるに足りないのだと、つまりは挑発だった。
最後の一文字を結び終わるか終わらないかのうちに、彼女の体を突風が包む。
風の源は、厨子の中だった。風と共に声が鳴る。
『知った口を聞くな、小娘』
腹の底、脳の奥に直接響くような『声』。男とも女とも、子供とも老人ともつかぬ、それでいて憤りの感情だけは籠った声だった。
それでも少女が怯む筈は無く。
「小娘じゃないわ。翠仙よ」
むしろ堂々と祠の主を見上げる。また別の風が、翠仙を守るように包み込む。
ふいに声の調子が変わった。
『おや…その気配、人の姿はしているが人ではないな』
ちょっと興が削がれたような顔つきの翠仙と、その傍らに静かに佇む常葉を見て、声の主が嗤う。
そして何かを透かし見るように、
『承知、承知。人間の側に寝返った狐が居ると聞いたことがあるぞ』
暗闇とも陽炎とも判らない、網膜に映りこまないその何か。けれど翠仙の瞳は真っ直ぐに声の主を見据えていた。彼女には『見えて』いるのだ。
「寝返ったわけじゃないわよ。元々はヒトも妖怪も、助け合って生きてきたでしょう」
誰かの真似をして、つまらなそうに肩をすくめる仕草をする。それから、にやりと表情を改めて傍らの青年に視線をやる。
「――なんて。そんなこと、どうでもいいんだけどね。ねぇ、常葉?」
「そうだね。僕も翠仙も、自分の居たい場所に居るのだから何も問題はない」
少女に応えるように青年もくすりと微笑する。
その言葉に益々気を良くしたのか、翠仙はにいっと笑った。
「それこそ、誰かにとやかく言われる必要もね」
日の光の下だというのに、少女の眼光が鋭く色付いたように見えた。
話に聞いた、何を奉っているとも知れない小さな祠。けれどそれがただの飾りでないことは、張り巡らされた注連縄と頑丈な石の造りから見て取れる。
「御狐様ではないみたいだけど」
翠仙は四方八方から遠慮なしに祠を眺めた。歪んだ気は確かに感じるが、ここに来る間に随分薄れてしまったので正体がよく判らない。立ったりしゃがんだりと、奇妙な所がないかと探し回る。時折手を伸ばしながら。
「あれ。なんだろ」
祠の厨子が開いて中が見える。その中には傷付き風雨に汚れた御神体が転がっていた。
文字通り転がっているのだ。ボロボロの布に包まれた何かが正しい場所に納まるでもなく、扉の内側に倒れ込んでいる。翠仙はそれを拾い上げようとして、何かを察して指先を宙で止める。
「翠仙!」
傾斜を見下ろすと、数メートル下に常葉の姿があった。足場の悪い道をそろりそろりと登ってくる。
「あら、貴方まで来たの? 別にいいのに」
翠仙は林檎飴のついていた割り箸を袋に仕舞うと、スカートのポケットに押し込んだ。常葉の到着を待たずに何かを唱える。
時の流れのような、滾々(こんこん)と湧きいずる言葉の鎖。それは祝詞のようでも真言のようでもあった。
そして鎖の終わりにはっきりと、喉の奥から言葉を発する。
「臨兵闘者皆陣列在前」
両の手で結ぶのは九文字の印。曰く、『兵に臨みて闘ふ者は皆陣列の前に在り』と。いかなる敵でさえ恐れるに足りないのだと、つまりは挑発だった。
最後の一文字を結び終わるか終わらないかのうちに、彼女の体を突風が包む。
風の源は、厨子の中だった。風と共に声が鳴る。
『知った口を聞くな、小娘』
腹の底、脳の奥に直接響くような『声』。男とも女とも、子供とも老人ともつかぬ、それでいて憤りの感情だけは籠った声だった。
それでも少女が怯む筈は無く。
「小娘じゃないわ。翠仙よ」
むしろ堂々と祠の主を見上げる。また別の風が、翠仙を守るように包み込む。
ふいに声の調子が変わった。
『おや…その気配、人の姿はしているが人ではないな』
ちょっと興が削がれたような顔つきの翠仙と、その傍らに静かに佇む常葉を見て、声の主が嗤う。
そして何かを透かし見るように、
『承知、承知。人間の側に寝返った狐が居ると聞いたことがあるぞ』
暗闇とも陽炎とも判らない、網膜に映りこまないその何か。けれど翠仙の瞳は真っ直ぐに声の主を見据えていた。彼女には『見えて』いるのだ。
「寝返ったわけじゃないわよ。元々はヒトも妖怪も、助け合って生きてきたでしょう」
誰かの真似をして、つまらなそうに肩をすくめる仕草をする。それから、にやりと表情を改めて傍らの青年に視線をやる。
「――なんて。そんなこと、どうでもいいんだけどね。ねぇ、常葉?」
「そうだね。僕も翠仙も、自分の居たい場所に居るのだから何も問題はない」
少女に応えるように青年もくすりと微笑する。
その言葉に益々気を良くしたのか、翠仙はにいっと笑った。
「それこそ、誰かにとやかく言われる必要もね」
日の光の下だというのに、少女の眼光が鋭く色付いたように見えた。
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