むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
それから幾らもしないうちに、少年の体が泡のように薄れて溶け出した。
常田は目を細める。そういう仕組みなのだ。足がつかないように、生体活動が止まると肉体は消滅する。
彼は少年の最期を見守ってから、ポケットの携帯端末を取り出した。
「――燐音か」
コール音はない。応答を待たずに相手の名を呼ぶ。受話口の向こうからは加工さえされていない女性の声。いや、うら若い少女の声。
「今、終わった」
『貴方にしては随分掛かったのね』
鈴のようにころころと澄んだ、自信の満ち溢れた口調。抑揚なく告げる常田を嘲笑うような気配が窺えた。
「仕方無いさ。俺にも都合ってものがある」
『そう。それじゃあ、メモリを持って《13号棟》へ戻ってきて』
「古本屋にあるそうだ。日が昇らねぇと開かねぇよ」
『だったら、朝一で手に入れてきなさい。ちゃんと一般人を装ってね』
常田は軽く溜め息を吐いた。彼女とは長い付き合いになるが、彼女にかかれば誰であってもただの駒でしかない。利用できるものは利用する、お互いの有益のためには仕方のないことだ。
目を閉じると、アンドロイドの少年の微笑みが浮かんだ。
『お前は、本当に人使いが荒いな』
スピーカーの向こうから呆れたような声がする。燐音はそれに笑いながら、手元では数台のコンピュータを操作する。
「あら、貴方は人間だったかしら。死神でしょう?人の振りをしちゃ駄目」
『それはお前もだろう。死神も混沌魔王には負けるよ』
その言葉の傍らでオイルライターの音が聞こえる。通信相手が頭を掻きながら煙草を咥える仕草を連想し、思わず口角をあげる。
「じゃあ、8時間後に」
彼女の言葉を合図に回線が切れる。同時に、キーボードを叩いていた手が止まった。
何かを熟考する少女。控えていた男性が気遣わしげに声をかける。
「いかがなされましたか、お嬢様」
「いいえ、何もないわ。総て順調よ」
そうして、椅子を離れて窓際に立った。磨かれた硝子には自分の影が映る。綺麗に手入れされた長い髪、陶磁のような肌。フランネルのチュニックに黒色のジーンズ。
「観上、紅茶を。大至急お願いね」
「かしこまりました」
窓の外を見下ろした。そこは高層ビルの最上階で、人間が足を付ける大地は既に遠い。
広がるのは虚ろと静謐。僅かに散らばっているのは輝石だった。東の空が仄かに色付き始めている。
「夜明けが近いわね」
ひとり呟いて、少女は優雅に微笑んだ。
常田は目を細める。そういう仕組みなのだ。足がつかないように、生体活動が止まると肉体は消滅する。
彼は少年の最期を見守ってから、ポケットの携帯端末を取り出した。
「――燐音か」
コール音はない。応答を待たずに相手の名を呼ぶ。受話口の向こうからは加工さえされていない女性の声。いや、うら若い少女の声。
「今、終わった」
『貴方にしては随分掛かったのね』
鈴のようにころころと澄んだ、自信の満ち溢れた口調。抑揚なく告げる常田を嘲笑うような気配が窺えた。
「仕方無いさ。俺にも都合ってものがある」
『そう。それじゃあ、メモリを持って《13号棟》へ戻ってきて』
「古本屋にあるそうだ。日が昇らねぇと開かねぇよ」
『だったら、朝一で手に入れてきなさい。ちゃんと一般人を装ってね』
常田は軽く溜め息を吐いた。彼女とは長い付き合いになるが、彼女にかかれば誰であってもただの駒でしかない。利用できるものは利用する、お互いの有益のためには仕方のないことだ。
目を閉じると、アンドロイドの少年の微笑みが浮かんだ。
『お前は、本当に人使いが荒いな』
スピーカーの向こうから呆れたような声がする。燐音はそれに笑いながら、手元では数台のコンピュータを操作する。
「あら、貴方は人間だったかしら。死神でしょう?人の振りをしちゃ駄目」
『それはお前もだろう。死神も混沌魔王には負けるよ』
その言葉の傍らでオイルライターの音が聞こえる。通信相手が頭を掻きながら煙草を咥える仕草を連想し、思わず口角をあげる。
「じゃあ、8時間後に」
彼女の言葉を合図に回線が切れる。同時に、キーボードを叩いていた手が止まった。
何かを熟考する少女。控えていた男性が気遣わしげに声をかける。
「いかがなされましたか、お嬢様」
「いいえ、何もないわ。総て順調よ」
そうして、椅子を離れて窓際に立った。磨かれた硝子には自分の影が映る。綺麗に手入れされた長い髪、陶磁のような肌。フランネルのチュニックに黒色のジーンズ。
「観上、紅茶を。大至急お願いね」
「かしこまりました」
窓の外を見下ろした。そこは高層ビルの最上階で、人間が足を付ける大地は既に遠い。
広がるのは虚ろと静謐。僅かに散らばっているのは輝石だった。東の空が仄かに色付き始めている。
「夜明けが近いわね」
ひとり呟いて、少女は優雅に微笑んだ。
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