ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
「お前。自分のした事を分かっているのか」
どこまでも冷ややかな声で、ハルは言った。
感情の籠もらない、氷よりも頑なな声。
深い深い奥に、憤りを秘めた叫びのような。
「お前が鳥を一羽助けた所為で、もう少しでカナリアが消える所だったんだ」
「分かっているよ」
抑揚のない声が答えた。
ジェイドの声だと理解するまで、カナリアには時間がかかった。
普段の彼には似合わない、静かな声。
「分かっている。だからこれは、僕の責任だ」
「当たり前だ!」
「やめて!」
堪らずに叫ぶ少女。
二人が言い争うのを、しかも、自分の引き起こした事故のために喧嘩することが耐えられなかったのだ。
どうしてこうなったのか。どうして、彼達が仲を違うのか。
「いいんだよ、カナリア」
涙ぐむカナリアを見て、彼はやっといつもの温かな微笑みを浮かべた。
「僕が、深く考えもせずキミに鳥を任せてしまったのが悪かったんだ」
「でも…」
語りかける声は、苦しそうで、切なそうで。
それよりも強く、曲げることの出来ない意志に溢れていた。
「僕は『門番』だ。空の入り口を担う者。鳥の管理も、僕の仕事だ。手を離してはいけなかったんだ」
それから、彼を叩いた本人を見つめる。
ハルは何も言わず、ただ彼を睨んでいた。
「でもね、ハル。鳥を助けたことが間違いだったとは、思っていない。空を飛べなくなることは、何の咎だろう? この鳥は咎を受ける必要が無い。何の罪も無い筈だから」
かつて無いほど、彼は真剣で。
ああ、そうか。
カナリアは理解する。
彼は、自分の仕事に誇りを持っている。
ジェイドだけじゃない。ハルも、スオウも、皆。
誰が起こした失敗でも、責任は仕事を請け負う自分に帰ってくるのだ。
全ては、自分の元に。
「ごめんね、カナリア」
今にも泣き出しそうな彼女を、ジェイドは強く抱きしめた。
自身の咎を詫びるように。
「僕が鳥を任せた所為で、危ない目にあわせて、ごめんね」
違う、
カナリアはそう叫びたかった。けれど、言葉にならない。
ただ、ごめんなさい、と。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ぽろぽろと繰り返すことしか、出来なかった。
その時、
「いいのよ、ジェイド」
優しげな女性の声が、その空気を震わせた。
いつの間に来たのだろう。
ジェイドの振り返ったその場所に、蓬色の髪をした女性が佇んでいた。
「プリマヴェーラ!」
驚いたように、ハルがその名を呼んだ。
足元につくほどにゆらめく長い髪、温かさと、気品溢れる笑顔。
誰の説明も必要無かった。目にしただけで理解する。それ以前に、知らない筈がなかった。
プリマヴェーラ。彼女こそが、『春』。この空に於いて、春を、春の司者を統括する存在。
ハルから鳥を預かったプリマヴェーラは、ふと微笑み返した。そして、ジェイドの傍らで泣いたままの少女のもとへと歩み寄っていく。
「ねぇ、カナリア。この鳥は、貴女に差し上げましょうね」
春見習いの少女の頭を撫でながら、優しく微笑む。
カナリアもまた驚いて、彼女を見上げた。
「この瞬間からこの子は貴女の眷属。この子がいなければ、貴女は天空を自由に行き来出来ない」
それはまさに太陽のような笑みだった。
ただ向けられるだけで、心の中からじわりと温かくなっていくような。
「カナリアが正式な司者になるには早いけれど、どちらにせよ、将来『鳥』は必要になるのだしね」
「しかし、プリマヴェーラ」
「ハル。これはもう、私が決めたのよ」
困ったように口を挟むハルを、彼女はふわりと諌めた。
カナリアは皆に見つめられて、そして少し悩んだ挙句、力強く頷く。
「…はい」
そして『春』は、腕に抱いたばかりの鳥を少女に渡した。小さな生命は、柔らかく、そして温かかった。
カナリアの腕に収まったその鳥が、嬉しそうにバタバタと羽ばたいた。
白くて、小さな。そう、地上に住む者達が『ハト』と呼ぶ鳥。
それは平和の象徴。
「大切にしなさい。この子が再び空を飛べるように」