ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
「おはよう」笑いかけると、優希は一瞬眉をひそめた。その眼差しにどきりとして思わず目を逸らす。大丈夫、目の赤色は一晩で消えたはずだから。努めていつも通り、寒いね、なんて話を続ける。彼女の表情も元に戻る。「それで、平気なのよね?」「平気だよ」ゆるりと首を振りながら。
posted at 22:55:22 10/02/11
72
帰り道は銀色の彼の元へ。ふっと笑いかけてくれたから安心してその側に寄る。私の心が変わってしまっても、どうしようもないのはもう分かってる。それならこのまま、この距離だけは変えずに居よう。私の好きが彼の好きとは違っても。朝目覚めて逢いたいと思う気持ちに嘘はないから。
posted at 23:18:47 10/02/11
73
良かった、と冬の王は少なからず安堵する。人間の少女…ヒナは最近元気がないように見えた。少しだけ、二度と会いに来てくれぬのではとも思った。理由は分からない、けれど今はこれで良い気がした。冬が明け春が来るまでは平和が有る。――その原因が己にあると、彼は気づかぬまま。
posted at 23:22:39 10/02/12
* * *
教室の女の子達が華やいでいる。そうか、もうバレンタインね。昨年は友達にケーキを振舞ったけど今年は作る気分になれない。その訳を噛み締める。「陽菜はどうするの」「私は…」真直ぐな瞳。「作りなさい」何も言わなくても理解してくれる彼女は凄い。でも、きっとあげられないよ。
posted at 00:17:44 10/02/13
75
結局、用意したのは市販のチョコレート。包装紙を見つめながら苦笑い。気づかなければあげられたのにな。変わるというのは怖い。変化に気づいてしまうというのは。そして、こんなチョコ一つをあげるのにどうしようもなく焦っている自分が恥ずかしい。明日は普通で居られますように。
posted at 21:56:51 10/02/13
76
「はい、ハッピーバレンタイン」何気なさを装って手渡した鮮やかなラッピング。冬の王はその中身をじっと確かめている。「普段とは違うな」「なに?」「こういう場合、ヒナは自分で作るだろう」銀色の視線にぎくりとする。どうしてこんな時ばかり鋭いのかな。「それはまた今度、ね」
posted at 19:01:16 10/02/14
77
「三年生送別会?」そうだよ、頷く部活仲間。「進路も決まったようだし、卒業式に先駆けてね」日時と場所、下準備の連絡を聞いて音楽室を後にする。そうか、春が来れば私も受験生なんだな。見下ろす窓際に見覚えある後姿が見える。先輩だ、思い当たった瞬間に振り向いて目が合う。
posted at 01:02:22 10/02/16
78
昇降口に下りるとまだ先輩がいた。「合格おめでとうございます」「ヒナちゃんに祝って貰えると嬉しいね」尊敬する同じ楽器の先輩。彼なら問題ないと漠然と思っていたけれど。先輩が歩き出すので、何となく速度に合わせて歩を進める。まるでパート練習みたいだと一人懐かしみながら。
posted at 23:01:46 10/02/16
79
「まだ元気がないな」心配そうに顔を覗き込まれて慌てて首を振る。「違うの、ただ、暖かくなったなぁって」言葉にして余計苦しくなる。「春は早い方がいいだろう」私の気持ちも知らずに、何事もなく答える冬の王。二月末。公園に寄り道する習慣は変わらない。春は、きっとかなしい。
posted at 23:47:27 10/02/16
80
考えるのはたったひとつ。すぐ側まで来ている冬の終わりを、いかに楽しく過ごすかということだった。春の訪れを忘れる為にイヴェールの元へ。私の来訪が少しだけ増えたのに彼は気づいているだろうか?気づいて欲しい、欲しくないと葛藤して、それでも微笑を見れば全て薄れてしまう。
posted at 23:26:57 10/02/17
81
「ヒナちゃん」振り向けば先輩が追いついてくる。「まだ学校あるんですね」「授業は無いんだ。でも名残惜しいから」ちらり校舎を振り返る。それから駅までの道、部活の近況を話しながら歩いた。「あ」「どうかした?」視線の先に銀色の瞳。珍しいなと思いながら先輩に別れを告げる。
posted at 23:34:27 10/02/18
82
「イヴェール」久々に街中で会えたのが嬉しくて駆け寄ったけれど、冬の王はどこか渋い顔。仕方なく歩くうちに口を開いてくれた。瞳は遥か後ろへ「…あれは」視線の先を探し首を傾げる。「部活の先輩?途中で一緒になったの」問われたと思って応えたのに、彼は再び黙ってしまった。
posted at 01:13:04 10/02/19
83
「忙しかった?」憮然とした様子に尋ねれば依然強張った口調。それに気づいたのか、改めて私を見る。「そんな事は無い」「ならいいけど…」腑に落ちなくて銀色を盗み見る。途端、ピタリと止まる彼。「この間の」「え」「今度作ると言ったろう」頷きながらも、困惑は深まるばかり。
posted at 23:32:06 10/02/19
84
「陽菜のは綺麗だよね。美味しいし」期末後の息抜きのような実習。余りものは持ち帰るようにと言われ、皆で作ったマフィンを包む。昨日のこともあるし、折角だからイヴェールにあげようか。考えていると優希と目が合う。「陽菜はそのほうがいいよ」私も、本当はこのままでいたいよ。
posted at 00:07:52 10/02/21
あいしてる 言い出せぬまま打ち消して 得られたものは 己の無害さ
あいしてる いいだせぬまま うちけして えられたものは おのれのむがいさ
posted at 00:19:11
帰り道 如月の空 雲ひいて 険しき催い 恋し五月雨
かえりみち きさらぎのそら くもひいて けわしきもよい こいしさみだれ
posted at 01:00:19
02月06日(土)
遮れば 沈むあかりも過ぎ行きて 忙しく寒し 底知れぬ夜半
さえぎれば しずむあかりも すぎゆきて さびしくさむし そこしれぬよわ
posted at 23:53:14
02月07日(日)
退屈なチェス盤の上罪の上 庭園暮れて永久のはじまり
たいくつな チェスばんのうえ つみのうえ ていえんくれて とわのはじまり
posted at 01:15:08
02月11日(木)
流れ出す。滲んだ心、脱いだ靴。ネイルは歪み、ノイズに塗れて。
ながれだす にじんだこころ ぬいだくつ ネイルはゆがみ ノイズにまみれて
posted at 02:33:49
02月12日(金)
灰色に光るしずくを振り切って 平気な横顔 本音は仮初
はいいろに にかるしずくを ふりきって へいきなよこがお ほんねはかりそめ
posted at 00:29:25
02月19日(金)
(逸る心 ひずみの中で振り向いて 返事を待てば朗らかな笑み)
はやるこころ ひずみのなかで ふりむいて へんじをまてば ほがらかなえみ
posted at 23:19:17
前を見て、耳に残るは 昔のあなた 明暗分けた 戻りえぬ昨日
まえをみて みみにのこるは むかしのあなた めいあんわけた もどりえぬきのう
posted at 23:22:53
02月24日(水)
やさしげな いつかの決意 揺さぶるは 永遠なしと 予感した朝
やさしげな いつかのけつい ゆさぶるは えいえんなしと よかんしたあさ
posted at 03:06:18
蘭の色 輪廻する恋 縷々連ね 連歌途絶えて 蝋はゆらめく
らんのいろ りんねするこい るるつらね れんかとだえて ろうはゆらめく
posted at 03:13:16
02月25日(木)
わだかまる 射抜きし君への 内側の 嘘でかためた音磨きせん
わだかまる いぬきしきみへの うちがわの うそでかためた おとみがきせん
posted at 00:05:48
了
50
「一年中貴方に会うにはもっと寒い処に行けばいいのかな。シベリア?北欧?」「それでは私が日本に居る間は会えないだろう」「じゃあ、冬だけ日本に戻ってくるよ」笑い合う冬の王は戯言だと思うかもしれないけれど、私は結構本気だった。会う時間は少しでも多い方が楽しいでしょう?
posted at 23:47:03 10/01/24
51
週が明けて最初に会いに行った冬の王は、先週と比べ目に見えて元気がない。元々穏やかなひとではあったけれど…私は何か拙いことをしてしまっただろうか?声をかけそびれ自分を責めると、静かに振り向く彼。「おかえり」やわらかな笑みにも不安は消えない。只々、微笑みを返す。
posted at 00:05:47 10/01/26
52
公園で会う以外でも冬の王の姿を見ることは多々ある。冬立つ空の下、冷たい風の中。色を失う木々の傍や、反対に色付く街の片隅で。けれど決まって見つけてしまうのは、遥か北の空を望む、透明な透明な銀色。『何を見ているの』。尋ねれば応えてくれるだろうか。その淋しさが積る。
posted at 23:40:27 10/01/26
53
「一緒に帰ろう」声をかけただけなのに優希は怪訝な顔をした。「公園は?」「うーん。毎週行くわけじゃないし」「会いたくないの」曖昧なままの私、友人の溜め息。「…気になることは聞いておいた方がいいんじゃない?」『冬は去ってしまうのよ』。その言葉が心に棘を刺した。
posted at 22:29:44 10/01/29
54
「イヴェール」公園で会う貴方は普段と変わらないように見える。声をかける前から私に気付いて、冬の陽射しの微笑をくれる。「どうかしたのか」そして、私の僅かな心の機微さえも見出してくれて。「ううん、ちょっと疲れただけ」通い合っている筈の、この擦れ違いの意味は何だろう。
posted at 23:44:35 10/01/29
55
「久方振りに会いに来たな」「そうかな」言いながら、直接ここに来たのは2週間ぶりだと分かっていた。声を聞くだけで胸が一杯になってしまってどうしようもない。けれど聞かなきゃ。あの憂愁の訳を、冬の王が心に仕舞っている何かを。私はいつかの楢の下で彼を見上げる。「あのね」
posted at 21:47:04 10/01/30
56
意を決した途端、湖の白鳥達が一斉に空へ舞った。何事かと振り仰ぐ空は見たこともないような賑やかさ。身構えれば庇う様に冬の王の背が見える。「怖いのか」「こ、怖くないよ」虚勢に微笑み。つられて笑うと、彼の表情が和らぐ。それに後押しされて口にする「聞きたいことがあるの」
posted at 23:43:09 10/01/31
57
「聞きたいこと?」「そう。何かあったんでしょう?」彼が垣間見せた哀しさが、たちまち目の前に浮かぶ。様子がおかしいのは、何も私だけじゃないでしょう?「何も。ただ、思い出していた」「何を?」「ある冬の日のことを」見上げる遥か北の空。私はぎゅっと掌を握る。「教えて」
posted at 23:23:36 10/02/01
58
何も面白い話ではないと、イヴェールは前置きした。聞かれたくない話なのかもしれない。不安になって言葉を探していると、彼のほうから続きの言葉を紡いだ。私が知らない、冬の話。それにとてもとても心が揺らされて、興味と焦燥がごちゃ混ぜになって押し寄せる。銀色の瞳が語る。
posted at 23:44:43 10/02/02
in retrospect - once upon a time
59
それは冬の精霊の話。まだ彼に名称がなく、季節と季節の合間から生まれた存在でしかなかった頃の話。冬の欠片はある大地の片隅に在った。夏が短く冬の長い特異な国。そこで欠片は出会う。ひとりの人間、ひとりの娘。しかし娘にはひとつ蔭りがあった。重い病に侵されて居たのである。
posted at 23:58:41 10/02/03
60
娘は暖かいガラスの内側から銀世界を望んでいた。冬になって以来外に出たことはおろか、離れの部屋からも出ることはない。時折調子が良ければ足を下ろし、家族が居ない隙に窓を開ける。ひやりと染み入る凍えた風は、自分が生きていることの証の様に思えた。そして欠片に気付いた。
posted at 22:45:50 10/02/04
61
「誰?」冬の化身は突然のことに木陰へ姿を隠した。けれど窓辺の娘は変わらずこちらを見ている。この姿を見れば驚いて逃げるだろう、そう計り娘へと近付くが身じろぎもしない。奇妙に思い、ふわりと娘の傍へ。「誰かいるのね」目の前に手を翳して察する。その視界は閉ざされている。
posted at 23:29:21 10/02/04
62
「病なのか」思わず言葉を発すれば娘はふわりと笑う。「良かった。話せるのね」表情は到底そうと思えぬ生き生きとしたもので、声の方を見た瞳が冬の欠片を捉えていた。夏空の如き澄んだ青。それが冷たい銀色を見詰めるかの様。「貴方は誰?それとも、名前は無いのかしら」息を呑む。
posted at 23:29:42 10/02/05
63
「見えなくても判るわ。貴方、ヒトじゃないのでしょう」どうして。聞くのを躊躇ううちに彼女は続ける「私に会いに来る人間なんて、もう家族以外には居ないものね」瞳は宝石のように美しく、すっと持ち上がった指先を咄嗟に受け取る。「だからとても嬉しいの」微笑みは太陽のよう。
posted at 00:25:51 10/02/06
64
以来冬はあの青色が忘れられず何度も顔を出した。見えぬ筈の娘も、何故か冬の化身の到来を悟り窓をあけた。それは奇跡のような、たった数時の遣り取り。喜ばれれば更に来訪を重ね、娘もそれを歓迎した。そうして長い冬は悠然と過ぎる。同時に時を刻んでいるものがあった。命だった。
posted at 21:02:24 10/02/06
65
「分かるの。長くないわ」白い唇が言葉を紡ぐ。「そんなことは無い」「ありがとう」消えそうな微笑に、冬の化身は『その瞬間』を察する。それは決意。彼女の魂を少しでも繋ぐために何をすれば良いか。季節は凍える冬。暖かい春が来れば負担は弱まるだろう。春が、来れば。別離が。
posted at 23:13:55 10/02/07
66
今日は調子がいいと娘が笑うので、答える代わりにその指先に触れる。「いい天気ね」頬に当たる束の間の陽光。「ねぇ、明日も来てくれる?」首を傾げ、問う。その声色は普段と相違無い様に聞こえながら、どこか不安が籠っていた。冬の欠片は答えない。答えぬまま、細い手を握り返す。
posted at 01:08:11 10/02/08
67
朝が来て娘は見えぬ目を開く。僅かに感じられる明暗と頬に注ぐ暖かさ。そろりと窓を開けば、はたはたと氷柱の溶ける音。太陽が照らす気配、新芽の匂い。そして鳥の囀り。「春だわ――」その日以来、応えることのない窓辺の声。あの冷たく優しい掌を求めても、触れることは無いまま。
posted at 23:27:55 10/02/08
at present - this year
68
「――その人にはまた会えたの?」枯れかけた喉を絞り聞く。「それ以降、会いに行ったことはない」欠片は冬を越え精霊になった、だから自由に行き来することはなくなった、と。名を知らぬ少女と姿を知らぬ冬の話。語り終えた表情は穏やかで。真直ぐに見詰められないのは、どうして。
posted at 22:50:24 10/02/09
69
公園を出たところで耐えられずに足早になる。分かった、分かってしまった。好きだ。種を超えた友達としてではなく、私の知らない貴方の過去を羨む程に。いつの間にこうなってしまったんだろう。どうすればいいんだろう。好き。イヴェール。目尻を擦りながら貴方の名前を呼ぶ。
posted at 23:54:16 10/02/10
70
黄昏に銀色が滲む。彼は思う。何故あの話をしようと思ったのか解らぬと。実の所は昔ほど懐かしんでいないのだ。何百年と経った今、人間の命の儚さを憂うなど無意味なのだから。なのに何故口をついたのか。何故彼女へ伝えねばならぬと思ったか。相手なき懺悔を求め、切々と雪は降る。
posted at 01:04:50 10/02/11