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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 ある夜、私は誰もいない入り江へやって来た。

 満月が綺麗な夜で、他の灯りがなくても後ろに影が付いてまわった。
 波の音に合わせて、持ってきたヴァイオリンを弾く。誰にも邪魔されず、何にもかき消されること無く、ひとり静かに旋律を奏でた。 

 今この世界は、月と海と私だけだった。
 聴こえるのは、波の囁きとヴァイオリンの歌だけ。 


「こんばんは」

 突然、世界に私ではない誰かの声が響いた。透き通った女の人の声だった。

 波に向かって立っていた私は、後ろを振り返る。
 しかし、やはり誰もいない。 


「こちらです」

 また声がした。今度ははっきりと海のほうから聞こえた。
 水面をよく見ると、月の光を浴びた海の女神がこちらを見ていた。私は応えた。 

「こんばんは。良い月ですね」

「ええ。そして、良い音色です」

 足の変わりに青い鰭を持つ海の女神は、どうやらヴァイオリンの音色に誘われて顔を見せてくれたようだった。

「ここはもしや、あなたの住まう場所ですか」 

 彼女は微笑みながら頷いた。私は軽く頭を下げる。 


「申し訳ない。そうとは知らずに、騒がせてしまって」

「いいえ。あなたのような方なら大歓迎です」 

 そう言って、彼女は真っ白な首をもたげて、波間の岩に身をゆだねた。


「だから、もっと聴かせてください」

 女神の願いに応えて、私は再びヴァイオリンを構えた。
 
 私は夜に酔ったように演奏を続け、彼女はただ黙って耳を傾けた。海と満月の世界には、ヴァイオリンの音と波の音だけが響いた。 

 今この時間は、私達のものだった。
 月と海と、柔らかに霞んだ夜。
 聴こえるのは、波の囁きとヴァイオリンの歌だけ。 



 中天から月が傾き始めた頃に、やっと演奏を終える。
 帰り支度をする私に、彼女が微笑んだ。 


「また、聴かせていただけますか」

「ええ。喜んで」 


 青い人魚は海へ帰り、私は家路へついた。
 次に会う約束はしなかった。でも、きっと、また会えるだろう。 

 

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「パズルの男ぉ?」

 そんな話題が出たのは、次の日のお弁当の時間。
 そう。と友人の智美が平然と頷いた。

「パズルのピース知りませんか、って寄ってくるんだって」

 私は半ば呆れながらおかずのコロッケを突いた。
 あたしも知ってる、と梨紗までが口を挟んできた。フォークの先にタコさんウインナーを刺したままで。

「でね、『はい』か『いいえ』ってちゃんと答えるまで放してくれないんだって」

「いわゆる都市伝説だね。弟の友達も見たとかなんとか」

 腕組みをして頷く智美。いつの間にか梨紗が会話の中心を担っていた。

「冗談でも『はい』って答えちゃうとね、ちょうだいって掴みかかってくるんだって!」

「なんだ。ただの不審者じゃない。なんでパズル?って気はするけど」

 思わず彼女達の怪談話にツッコミをいれる。
 すると智美がニヤッと笑った。

「お。結衣信じてないなー? まぁ、私も信じてないけど」

 私は窓の外の空を見上げた。綺麗な青空だった。
 当たり前だよ。そんなの、高校になってまで鵜呑みに出来る程純粋じゃない。
 小さい頃はあんなに怖がっていたのに、中学校に入った頃からは怪談話になびきもしなくなってしまった。
 もう廊下の暗がりにお化けは潜んでいないし、鏡の中から手が出てきて引きずり込まれる心配もしない。

 それに。私が信じない理由はもう一つある。
 パズルだったら昨日私が拾ってしまった。
 もし今のが本当の話だとしたら、その『パズルの男』とかは私の所に来たりするの?

 …まさか、馬鹿馬鹿しい。
 信じている場合じゃない。


 そしてその帰り。家まであと数百メートルというところで。


「…見つけた」


 声がした。
 振り返ると、女の子が私を見ていた。
 もうほとんど日も沈んだ薄暗がりの中に、ぽつりと。
 年は私と同じくらいだろうか。ふわふわの長い髪で、服装は長めのワンピースみたいだった。

 可愛い子だな、と思う反面、妙な子だな、とも思った。

 それは、少女の肩に真っ白いハトが留まっているのが原因だった。
 どうして、ハト? 逃げないのかな?
 とっさに浮かんだのがそんなことなんて、自分でも情けない。

 そのハトが、私を見てクルルと鳴いた。それを聞いて少女が目を細めた。


「あなた、持ってるわね」

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 ある日の高校の帰り道。
 私は、道端でパズルの欠片を拾った。

 その日は特に用事もなかったから、少し早く家路についていた。友人の智美達は部活があって、私が暇だからといって遊ぶわけにはいかない。 

 晴れ空の下。そうしていつもの道をいつものようにふらふらあるいていると、足元で何かがキラリと光った。ふと足を止める。
 ジグソーパズルのピースだった。中学生の頃に熱中したあれ。500ピースとか1000ピースとか、黙々と並べたっけ。額縁を買って来て、揃ったらボンドを塗って飾った。 

「懐かしいなぁ」 

 あの頃はまだ、自由に使う時間を持っていた。
 それを少しも「無駄」と思わない、贅沢に時間を使うことが出来ていた頃。それこそ何の役にも立たないジグソーパズルに没頭できるほどに。
 私はそれをなんとなく拾った。
 水色のピースだった。ちょうど、晴れ空と同じくらいの澄んだ色。
 よく見ると、右上に白い色が重なっている。雲と同じ色。もしかしたら、本当に空の絵のパズルなのかもしれない。

 どうして拾う気になったのだろう。
 まるでパズルの欠片が私を呼んだようだった。
 それとも、私の心がパズルを呼んだのだろうか。 

「だだいま」
 家に帰るなりキッチンに入って、飾り棚の右下の戸を開ける。 中には母の集めたガラスビンがしまってあった。そこからティージャムの空きビンを選んでひとつ取り出す。
 「いつか使うから」と言ってはジャムやハチミツの入っていた可愛いビンを洗う母。まさか本当に使う日がくるとは思いもしなかった。 

 空きビンを部屋に持っていって、その中にピースを入れた。
 フタを閉めて、勉強机に飾ってみる。
 ガラスビンはピースの面の大きさより小さいので、途中で引っ掛かってななめに止まった。こちら側に色のついた面を向けた状態で。 

 なんだか、空を閉じ込めたみたいだった。
 小さなビンの中に、私だけの空ができた。



 夕飯の後。私はいつものようにベッドに寝転がって雑誌を読んだ。ぐだぐだと、借りてきたCDなんか聞きながら。
 ふと、パズルの存在を思い出して机の上に手を伸ばした。ビンを手にとって、中を覗き込む。 

「…あれ」 

 私はページを捲っていた左手を止めた。
 そしてパズルの方にだけ気を集中させる。 

「柄が変わってる」 
 さっき見た時は薄い青色だったのに、今は鮮やかなオレンジ色をしている。 

「…もしかして、ホログラム式?」

 見間違いかと思った。けれど、さすがに青とオレンジは間違わないはずだ。 
 まるで… 


 私はふと、窓の外を見た。 

 外の空も、ビンの中の空と同じ、夕焼け色だった。 

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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