むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
村の外れ、ひとつの影が丘の上を目指して歩いていた。
世界はとうに夜闇。ランタンも燈さず、細々と照らす月を頼りに坂道を登っていく。遠出用の丈夫な革靴にマント。かすかな月の光に、彼の琥珀の髪が照らされる。見ると、それは先刻の旅の青年だった。
丘の上には、彼の帰りを待つものが居た。その姿は人ではない。鋼の鱗に覆われた身体、月の光にも似た金の瞳。その背中には大きな翼が生えている。
「お帰り。クライス」
人の言葉を話すその存在にも、青年は驚くことはなかった。クライスと名を呼ばれ微笑み返す。哀しげな笑みだった。
「ここも、もう駄目だった。じきに闇に飲み込まれる」
金の瞳が、彼を見下ろした。クライスはその瞳に触れるかのように手を伸ばす。
「竜を……キミを守ろうという想いは、もう潰えてしまったようだよ」
艶やかな鋼色に頬を寄せ、悲しみに堪えるように目を閉じる。その声は、哀れみよりも諦めを滲ませていた。
「どうしてだろうね。昔は僕達のように、助け合って生きてきたのに」
「この世界を責めてはいけない。時とは本質さえも歪ませてしまうものだ。だからヒトも、古のことは忘れてしまった」
囁きかけるクライスを、優しく穏やかな声が宥める。まるで泣き出した子どもに運命というものが何かを言い聞かせるように。
「思い出してくれるかな」
「思い出さなくても、もう仕方の無いことだ」
丘の上は静かだった。振り返ると、薔薇の村からは未だ賑やかな喧騒が響いていた。風に乗って酒と花の香りが漂ってくる。
金の瞳の持ち主は静寂を吸い込むかのように、深く息を吸った。
「夜が深いな。無事に日の出が迎えられるのはあと何百年か、何十年か。あるいは……」
クライスはすぐ傍に咲いていた野薔薇に触れた。月夜に映える白は、まるでそれをきっかけとしたように、みるみるうちに茶色く変色し、力無く萎れていった。
「行こう。ここにも僕達の居場所はない」
クライスはその背に跨った。最後にもう一度だけ、哀しげに薔薇の村を振り返る。
「西を目指そう。世界の果てへ、太陽が向かうほうへ」
鋼の竜は頷くと、大きく大きく、翼を広げた。
世界はとうに夜闇。ランタンも燈さず、細々と照らす月を頼りに坂道を登っていく。遠出用の丈夫な革靴にマント。かすかな月の光に、彼の琥珀の髪が照らされる。見ると、それは先刻の旅の青年だった。
丘の上には、彼の帰りを待つものが居た。その姿は人ではない。鋼の鱗に覆われた身体、月の光にも似た金の瞳。その背中には大きな翼が生えている。
「お帰り。クライス」
人の言葉を話すその存在にも、青年は驚くことはなかった。クライスと名を呼ばれ微笑み返す。哀しげな笑みだった。
「ここも、もう駄目だった。じきに闇に飲み込まれる」
金の瞳が、彼を見下ろした。クライスはその瞳に触れるかのように手を伸ばす。
「竜を……キミを守ろうという想いは、もう潰えてしまったようだよ」
艶やかな鋼色に頬を寄せ、悲しみに堪えるように目を閉じる。その声は、哀れみよりも諦めを滲ませていた。
「どうしてだろうね。昔は僕達のように、助け合って生きてきたのに」
「この世界を責めてはいけない。時とは本質さえも歪ませてしまうものだ。だからヒトも、古のことは忘れてしまった」
囁きかけるクライスを、優しく穏やかな声が宥める。まるで泣き出した子どもに運命というものが何かを言い聞かせるように。
「思い出してくれるかな」
「思い出さなくても、もう仕方の無いことだ」
丘の上は静かだった。振り返ると、薔薇の村からは未だ賑やかな喧騒が響いていた。風に乗って酒と花の香りが漂ってくる。
金の瞳の持ち主は静寂を吸い込むかのように、深く息を吸った。
「夜が深いな。無事に日の出が迎えられるのはあと何百年か、何十年か。あるいは……」
クライスはすぐ傍に咲いていた野薔薇に触れた。月夜に映える白は、まるでそれをきっかけとしたように、みるみるうちに茶色く変色し、力無く萎れていった。
「行こう。ここにも僕達の居場所はない」
クライスはその背に跨った。最後にもう一度だけ、哀しげに薔薇の村を振り返る。
「西を目指そう。世界の果てへ、太陽が向かうほうへ」
鋼の竜は頷くと、大きく大きく、翼を広げた。
END
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「あ、やっぱり結衣だぁ」
そこに立っていたのは、制服姿の友人が二人。毎日一緒にお昼を食べる顔だった。
「梨紗、智美? どうして?」
「部活の帰り。そしたらちょうど梨紗と会ってさ」
「じゃあ結衣も呼ぼってことになったのに。連絡取れないと思ったらこんなとこにいたのね」
二人共、通りの方から私を見つけて声をかけてくれたらしい。
慌ててケータイを取り出すと、確かにメールが二件、着信は三件入っていた。どれも相手は智美と梨紗。どうも、冬探しに懸命で気がつかなかったみたいだ。
「ところで、その子は? 妹…じゃないよな。外人さんぽいし」
智美が私の前に座る少女を見て尋ねる。
「えっと…その、彼女は」
どう答えればいいか迷って、ついカナリアのほうに視線をやる。すると、彼女が代わって口を開いた。
「カナリアよ」
簡潔。なんて彼女らしい。ケーキで機嫌が良いカナリアは可愛い顔に似合う微笑を友人達に向けた。
梨紗が微笑み返す。
「へえ、カナリアちゃんかぁ。はじめまして。なるほど、瞳も綺麗なカナリア色ね」
「カナリア色?」
「そうだよ。こんな青みを帯びた黄色をカナリア色っていうの」
ああ、そういう意味で『カナリア』だったのか。梨紗はよく色の名前が分かるなぁ。さすが美術部。
結局『最近知り合った友達』という適当な肩書きを捏造した。
「髪の色も不思議ね。とても素敵」
「ありがとう」
カナリアは完璧な笑顔で会釈を返した。『不思議』という言葉をちゃんと褒め言葉にとったらしい。
まぁ、梨紗のことだから勿論皮肉で言ったことじゃないけれど。
「不思議って言えばね、さっき駅前の通りで不思議な格好の人を見たのよ」
何か思うものがあったようで、ふいに梨紗が切り出した。
「不思議?」
いったいどういう風に『不思議』だったんだろう。私はよく考えずに復唱する。
「そ。灰色の髪に、灰色の上下でね」
灰色の髪。灰色の上下。
どこかで聞き覚えのある特徴のような。どこ…だったかな。
次の言葉が核心をつく。
「それから、もう夏も近いって言うのに、真っ白な毛糸のマフラー巻いてるのよ」
私とカナリアは勢いに任せて立ち上がった。
カナリアに視線を投げる。彼女も同時に私に目を向けた。
「間違いないわね」
「だよね」
「ゆ、結衣??」
突然のことに友人二人は目を丸くした。それも仕方がない。今まで笑顔だった私達が突然緊迫した雰囲気を作ったのだから、何事かと思っただろう。
やっと、見つけた。
私は友人達にフォローの笑顔を向けた。
「ゴメン、急いでるの、そろそろ行くね。あ、これ立て替えといてくれる? ちゃんと返すから」
ついでに伝票を智美に持たせて、テラスの生垣を分けて通りに飛び出した。風の如くカナリアが走り、サクラが先導するように羽ばたいた。
「え? え? 立て替えるって、あたしあまりお金持ってないぞ!!」
背後から智美の声が追ってきて、私は肩越しに手を振った。
「また月曜に!」
そこに立っていたのは、制服姿の友人が二人。毎日一緒にお昼を食べる顔だった。
「梨紗、智美? どうして?」
「部活の帰り。そしたらちょうど梨紗と会ってさ」
「じゃあ結衣も呼ぼってことになったのに。連絡取れないと思ったらこんなとこにいたのね」
二人共、通りの方から私を見つけて声をかけてくれたらしい。
慌ててケータイを取り出すと、確かにメールが二件、着信は三件入っていた。どれも相手は智美と梨紗。どうも、冬探しに懸命で気がつかなかったみたいだ。
「ところで、その子は? 妹…じゃないよな。外人さんぽいし」
智美が私の前に座る少女を見て尋ねる。
「えっと…その、彼女は」
どう答えればいいか迷って、ついカナリアのほうに視線をやる。すると、彼女が代わって口を開いた。
「カナリアよ」
簡潔。なんて彼女らしい。ケーキで機嫌が良いカナリアは可愛い顔に似合う微笑を友人達に向けた。
梨紗が微笑み返す。
「へえ、カナリアちゃんかぁ。はじめまして。なるほど、瞳も綺麗なカナリア色ね」
「カナリア色?」
「そうだよ。こんな青みを帯びた黄色をカナリア色っていうの」
ああ、そういう意味で『カナリア』だったのか。梨紗はよく色の名前が分かるなぁ。さすが美術部。
結局『最近知り合った友達』という適当な肩書きを捏造した。
「髪の色も不思議ね。とても素敵」
「ありがとう」
カナリアは完璧な笑顔で会釈を返した。『不思議』という言葉をちゃんと褒め言葉にとったらしい。
まぁ、梨紗のことだから勿論皮肉で言ったことじゃないけれど。
「不思議って言えばね、さっき駅前の通りで不思議な格好の人を見たのよ」
何か思うものがあったようで、ふいに梨紗が切り出した。
「不思議?」
いったいどういう風に『不思議』だったんだろう。私はよく考えずに復唱する。
「そ。灰色の髪に、灰色の上下でね」
灰色の髪。灰色の上下。
どこかで聞き覚えのある特徴のような。どこ…だったかな。
次の言葉が核心をつく。
「それから、もう夏も近いって言うのに、真っ白な毛糸のマフラー巻いてるのよ」
私とカナリアは勢いに任せて立ち上がった。
カナリアに視線を投げる。彼女も同時に私に目を向けた。
「間違いないわね」
「だよね」
「ゆ、結衣??」
突然のことに友人二人は目を丸くした。それも仕方がない。今まで笑顔だった私達が突然緊迫した雰囲気を作ったのだから、何事かと思っただろう。
やっと、見つけた。
私は友人達にフォローの笑顔を向けた。
「ゴメン、急いでるの、そろそろ行くね。あ、これ立て替えといてくれる? ちゃんと返すから」
ついでに伝票を智美に持たせて、テラスの生垣を分けて通りに飛び出した。風の如くカナリアが走り、サクラが先導するように羽ばたいた。
「え? え? 立て替えるって、あたしあまりお金持ってないぞ!!」
背後から智美の声が追ってきて、私は肩越しに手を振った。
「また月曜に!」
薔薇の産地で名高いこの土地の、年に一度の薔薇祭。
陽射しの暖かな午後。村の中央にある広場は、花と音楽で溢れていた。千紫万紅が咲き乱れる中、人々は昼夜構わず酒を酌み交わす。村の更なる繁栄と発展を祈って歌い、踊り、そして笑っていた。
「兄ちゃんもどうだい、一杯」
ある男は傍に座っていた青年に声をかけた。男の頬は既に、上着のポケットに飾った薔薇と同じく薄紅に染まっていた。村中を彩る薔薇の花は、所々繕った彼の服には不釣合いなほどに優雅だった。
声をかけられた青年は驚きつつも、グラスを高らかに掲げる。
「薔薇の村に、乾杯!」
カチン、と涼やかな音が響いた。
男はラム酒で喉を潤すと、改めて青年を眺めた。年の頃は成人を迎えた辺りだろうか。フードを取ったその下から現れたのは琥珀の髪、空色の瞳。丈夫そうな革靴とマントは旅行者独特の服装だった。
「この辺では見かけない顔だね。旅人かい」
「ええ。薔薇の祭りは見事だと、隣の街で教わったので」
「あら。じゃあ、東の森を通って?」
傍に居た婦人が、物珍しそうに声をかける。髪に飾った柔らかな橙色と桃色の薔薇が良く似合っていた。
「驚いたでしょう。森に人の手が加わっていて」
ええ、と青年は複雑そうに微笑んだ。
「あそこは古来より守られてきた神聖な森と聞いていたのですが」
村のすぐ隣には、奥深い森が広がっていた。古来より生き物達が暮らしていたその場所は人間が一方的に『共存』を求め、今やすっかり人間の手中に落ちていた。樹齢何百年という大木は畑のために切り倒され、日の入りが悪い場所は容赦なく枝打ちがなされた。
「あそこはね、綺麗な薔薇を育てるのに必要なのよ」
婦人はどこか誇らしげに笑った。そして自らも祝盃を傾ける。
「『聖なる森』と、呼ばれていたのは昔の話さ」
上機嫌で喋る婦人の後ろから、男が言葉を付け加える。酒が回っているとは思えないほど、しっかりした口調を保っていた。
「竜の住まう森だと言われていた。竜神の守護する森だと」
「竜、ですか」
青年は現実離れしたその単語を復唱する。それに男は頷いて、
「森は竜の住処。だから、汚せば天罰が下る」
「実際に見たことは?」
「ないね。所詮は伝承だから」
そう言って肩を竦めてみせた。ケラケラと笑う。少し自嘲気味に見えたのは、気のせいかもしれなかった。
「人が生きるには仕方のないことさ」
男は空になったグラスをテーブルに置き、しきりに深く頷いた。まるで自分に言い訳をしているように。それを見て、青年もまた淋しげに微笑んだ。
そう、仕方のないことなのだ。少なくともこの小さな農村を成り立たせるには、薔薇を育てなければならない。多少の犠牲は必要だった。人が生きていく為にも。
陽射しの暖かな午後。村の中央にある広場は、花と音楽で溢れていた。千紫万紅が咲き乱れる中、人々は昼夜構わず酒を酌み交わす。村の更なる繁栄と発展を祈って歌い、踊り、そして笑っていた。
「兄ちゃんもどうだい、一杯」
ある男は傍に座っていた青年に声をかけた。男の頬は既に、上着のポケットに飾った薔薇と同じく薄紅に染まっていた。村中を彩る薔薇の花は、所々繕った彼の服には不釣合いなほどに優雅だった。
声をかけられた青年は驚きつつも、グラスを高らかに掲げる。
「薔薇の村に、乾杯!」
カチン、と涼やかな音が響いた。
男はラム酒で喉を潤すと、改めて青年を眺めた。年の頃は成人を迎えた辺りだろうか。フードを取ったその下から現れたのは琥珀の髪、空色の瞳。丈夫そうな革靴とマントは旅行者独特の服装だった。
「この辺では見かけない顔だね。旅人かい」
「ええ。薔薇の祭りは見事だと、隣の街で教わったので」
「あら。じゃあ、東の森を通って?」
傍に居た婦人が、物珍しそうに声をかける。髪に飾った柔らかな橙色と桃色の薔薇が良く似合っていた。
「驚いたでしょう。森に人の手が加わっていて」
ええ、と青年は複雑そうに微笑んだ。
「あそこは古来より守られてきた神聖な森と聞いていたのですが」
村のすぐ隣には、奥深い森が広がっていた。古来より生き物達が暮らしていたその場所は人間が一方的に『共存』を求め、今やすっかり人間の手中に落ちていた。樹齢何百年という大木は畑のために切り倒され、日の入りが悪い場所は容赦なく枝打ちがなされた。
「あそこはね、綺麗な薔薇を育てるのに必要なのよ」
婦人はどこか誇らしげに笑った。そして自らも祝盃を傾ける。
「『聖なる森』と、呼ばれていたのは昔の話さ」
上機嫌で喋る婦人の後ろから、男が言葉を付け加える。酒が回っているとは思えないほど、しっかりした口調を保っていた。
「竜の住まう森だと言われていた。竜神の守護する森だと」
「竜、ですか」
青年は現実離れしたその単語を復唱する。それに男は頷いて、
「森は竜の住処。だから、汚せば天罰が下る」
「実際に見たことは?」
「ないね。所詮は伝承だから」
そう言って肩を竦めてみせた。ケラケラと笑う。少し自嘲気味に見えたのは、気のせいかもしれなかった。
「人が生きるには仕方のないことさ」
男は空になったグラスをテーブルに置き、しきりに深く頷いた。まるで自分に言い訳をしているように。それを見て、青年もまた淋しげに微笑んだ。
そう、仕方のないことなのだ。少なくともこの小さな農村を成り立たせるには、薔薇を育てなければならない。多少の犠牲は必要だった。人が生きていく為にも。
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