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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 二人で手を繋いで、さっき歩いてきた道を引き返す。遠くからでも商店街から神社までの通りの、ぼんやりと連なる提灯が見えた。蛍とはまた違う、幻想的な光だった。

「そろそろ帰らなきゃ。ボク達のほうもお祭りが始まるから」
 再び神社に帰ってきたところで、男の子が言った。
「そうなの? 残念だね、これから河原で花火もあがるんだよ」
「うん、でも、遅れないようにしなきゃいけないから」
 そういいながらも、彼は名残惜しそうだった。
 ありがとう、と告げて歩き出し、少し行っては振り返り、僕にひらひらと手を振った。
「じゃあね、お兄ちゃん」
 僕も答えて手を振った。
「ああ、じゃあね。気をつけて」
 少年は石段をおりて、パタパタと駆けていった。転ぶなよ、とその後姿を笑いながら見送る。ああ、名前を聞きそびれた。それに、こんな暗い道、ひとりで帰すべきじゃなかったな。

 境内の上からは、田舎の風景が一望できた。彼はどうやら、山の方に向かって帰って行ったらしい。その足取りに迷いは見られなかった。

 僕はふと、祭りの喧騒を振り返った。


 祭囃子の音は。体の奥に浸透して、静かに僕を沸き立たせる。
 人の波の中にいて、突然泣きたくなった。
 夏が、全てを置き去りにしていくのだ。


 ――夏が終わったら、僕も帰ろう。

 大丈夫、この優しさと暖かさを持ち帰れば、向こうでもまたやっていけるさ。
 だって、僕には故郷があるのだから。





 

 浴衣姿の少年が夜闇の中を駆けていた。
 祭囃子ももう遠い、そこは山裾の草原だった。

 彼は湖の側に何かの姿を見て、さらに速度を上げる。
「遅かったわねぇ」
 草の間を走り下りる彼に、誰かが声をかけた。 少年はその声の主を見つけて嬉しそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、おかあさん」
 けれど、そこに人間の姿は一つもなかった。居るのは、山に住まう沢山の動物。
「もう始まるわ」
 いつの間にか、少年の姿は野原から消えていた。その代わり、少年がさっきまで立っていた場所に一匹の子ギツネが現れた。

 それからいくらもしないうちに草原じゅうに青い光が灯された。
 蛍にも似た儚い輝きは、湖の中にも反射してきらきらと揺らめいた。

「きれいだね」
「やっぱり、夏を送るならこうでなくちゃ」
「でもね、にんげんのお祭りも楽しかったよ」


 煌々ときらめく碧の炎。
 蛍よりも鮮やかで、儚く。
 星よりも眩しくて、切なく。
 炎よりも優雅で、温かい。


 無数のともしびが、夜の草原を埋め尽くした。

 

 キツネの夏祭りだった。

 


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その



ただ

胸奥に

彫り刻む

虹の果てに

思い出を見て

物語は途切れて

美しく散って行く

儚くほどけていく

きらきらと光る

幻のような波

また夢の中

空を掴む

みぎて

刹那



開く

夢の夢

からくり

天使の微笑

やがて滲んで

蒼の上に融ける

気が遠のくほどに

果てしなく呼んだ

仮初のあなたの

懐かしき名前

そして輝く

絶望の青

消えて

浮く



憂く

この世

この世界

カモメの声

呼び戻す叫び

はるかはるかに

響いては掻き消え

歪んでは掻き消え

振り返らないで

繰り返す潮騒

いつかの雨

永遠の海

溶けて

弾け



明日

ここへ

かならず

還ってくる

そう嘘を吐く

目が醒めて幻夢

目を閉じれば現実

遠くて近い蜃気楼

眩しいのは太陽

淋しいのは白

時はめぐり

時に戻り

始まる

終焉



未来

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「おいしい!」 
「そうか、よかった」 
 満面の笑みで少年は綿飴に齧り付いた。それを見て僕も笑う。 
 今でも覚えてる。初めて連れて行ってもらったお祭りでも、一番に買ってもらったのが綿菓子だった。 
 なんとなく、幼い頃の自分を見ている気分になった。 

「お兄ちゃん、見ない顔だね。ここのひと?」 
 彼は改めて僕を見ると、そう尋ねてきた。 
「昔はね。今は、違うところで住んでるんだ」 
「どうして?」 
 少年は細い首を傾げてみせた。 
「だってここ、いいところじゃない。空気もきれいだし、住みやすいよ?」 
 僕は面食らった。まさかこんな子供から『住みやすい』なんて言葉を聞くとは思わなかったからだ。 
「そうだね。どうしてだろう」 
 苦笑するしかなかった。 
 本当に、どうしてだろうか。この子の言う通り、ここはとても良い場所なのに。 
「多分、昔は何かを勘違いしていたんだよ」 
 そう。この場所を『寂れた田舎』だと勘違いして、都会へ飛び出した。そこに行けば、何もかもが自由で、進んでいて、探していた『何か』を見つけられるのだ、と。 
「じゃあ、今は?」 
 どこか心配そうに尋ねる彼に、僕は微笑んで見せた。 
「今は大丈夫。もう間違ったりしないよ」 


 それから僕達は、お祭りを片端から楽しんだ。 
 少年は射的もリンゴ飴も初めてで、始終きゃあきゃあと楽しそうに笑っていた。 
 僕は惜しみなくそれらにお金を使った。昔は我慢するものもあったけれど、今はもう、そんな必要は無いからだ。 

 歩き疲れて、僕達は神社の石段に座って休んだ。 
「ねえお兄ちゃん、ホタルって知ってる?」 
 僕の幻影はラムネビンを空にしながら突然尋ねてきた。 
「え? ああ…小さい頃は良く見たなぁ」 
「ホタルの光も、青白いってほんとう?」 
「うん。すこし緑がかった青でね、川のあちこちで瞬くんだ。とても綺麗だよ」 
 蛍か。最後に見たのは中学校に上がった頃だったろう。もうずっと見ていない。そればかりか、今その名前を聞くまで『蛍』という存在すら忘れていた気がする。 

 僕は本当に、ここに忘れていったものが多すぎる。 

 だったら、と少年は立ち上がった。 
「ボク、この近くの川で見れるってお母さんに聞いたんだけど、見にいかない?」 



 神社とその川までは、本当に近かった。神社の裏手から降りて、田んぼ沿いに少し歩いたところにその川はあった。 
 川というよりは、田園の用水路だった。草を掻き分けて進んでいく。 

 そして見た。 
 その静かな流れの上に、無数の光が舞っていた。 

 蛍だった。 

 音もなく、光の尾を引いて、暗闇を彩る。 

「わぁ…」 
 少年は感極まったような声を上げた。両手を広げて、まるでその光の帯を捕まえるかのような仕草をした。 
 同じように、僕も心の中で感嘆の声を洩らす。 
 夜空に弧を描いて、幽かな灯が行き交っていた。 

 声を出せないほどに綺麗だった。 

 何千、というのは少し大袈裟かもしれない。でも、その時の僕には確かにそれほどの輝きに感じたのだ。 

 少年の指先に、一匹の蛍がとまった。 
 儚いと思った光は、彼の顔を力強く照らした。

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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