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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 太陽が中天を過ぎた頃、カナリアが遊びにやってきた。ハルも一緒に歩いているのを見て、カナリアの様子を見に来たのだと直感した。
 調子はどうだい?尋ねると、ハルは首をすくめる。

「つつがなく」
「そうか、良かった」
「今季の冬は寒かったから、雪が溶けきるのにはもう少しかかるだろう…ところで」
 彼はちらりとカナリアのほうを見て、その手元を視線で示した。
「あの鳥は、カナリアが世話しているのか?」

 カナリアとその鳥が、少し離れた所、門の側で遊んでいる。それを確認してから頷く。
 彼女に鳥を託して以来、熱心に世話を続けている。
 傷ももう大分癒えた。あとは羽ばたきに耐えられれば、空に戻ることも出来るかもしれない。ここまで良くなったのも、彼女の愛情ゆえだろう。

 しかしハルはあまりいい顔をしなかった。
 彼の若葉色の髪が、太陽の日に透けて鮮やかに輝いた。

「感心しないな。あまり懐くと、ここを離れなくなるぞ」
「分かってる。でも、彼女が世話したいって熱心だから、つい」

 ハルは眉根を寄せた。
 不満はありそうだが、カナリアの意思なら、彼も否定できない。

「結局、お前も甘いんだな」

「お互い様だろう?」

 ジェイドがニヤリと笑うと、彼もまた珍しく苦笑する。どうやら、自覚はあるらしい。

「…早く、放してやれ」
 
 
 

 そろそろ戻ろう、というハルの呼びかけに、カナリアが立ち上がる。
 それを横目にしながら、ジェイドにも一言二言を残す。

「暫くは忙しい。そろそろ雪を片付け終わらないといけない」
「応援してるよ」
 にっこりと微笑むジェイド。門番はまたこのまま、ぼんやりする時間に戻るだけである。

 ハルが、あまり感情の籠もらない応援に適当に頷いた、その時だった。
 

「だめよ、そっちは」
 
 彼女の慌てたような声が、二人の耳に届いた。

「…カナリア?」
 怪訝に思い、カナリアのほうを振り返る。

 彼女は二人の立つ場所とは反対の、雲の端に顔を向けていた。そして慌てて歩き出す。
 視線の先を辿る。すると、ついさっきまでカナリアと戯れていたあの鳥が、よたよたと雲の端のほうへと歩いていた。
 それを止めようと、カナリアが後を追いかける。
 その様子に、嫌なものが背筋を伝う。

「危ないよ、カナリア」
 とっさに声をかけるも、彼女の足は止まらない。
 鳥もまた、雲の端を目指すことを止めない。
 

 そして。
 ころりと、鳥が雲の端から転げ落ちるのが見えた。
 カナリアが叫ぶ。
 
「だめ――…!」

 叫びながら、それを止めようと。
 手を伸ばしながら、必死に走り出した。

「あ…っ!!」

 
 間に合うはずがない。辿り付くまでまだ数メートルある。
 しかし少女には、そんなことは問題ではなかった。

 走る。走って、必死に雲の下に手を伸ばす。

 そして、そのまま。

「カナリアっっ!!」


 少女の名を呼んだのは、二人同時だった。
 カナリアはそのまま、鳥を追いかけるように雲の下へ落ちていった。

 
 足を滑らせるようにして。

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「この鳥、怪我をしているのね」

 ジェイドが一羽の鳥を抱えているのを見て、カナリアが言う。
 今の時間、ジェイドはただ門の側に佇むだけ。とはいっても、これもまた正式な門番の仕事である。交代の時間が来るまでは、カナリアのお喋りの相手だ。

「治療しているんだ。もう遠くへは飛べないかもしれないけれど」
「どれくらいかかるの?」
 傷を抱えた白い鳥は、門番の腕の中で体を小さく上下させて眠っていた。
「この冬いっぱいくらいはかかるかなぁ」
 純粋な瞳に、微かに首を振った。
 すると少女は一瞬何かを考えた後、益々瞳を輝かせジェイドを見上げた。

「じゃあ、私に世話をさせて」
 その傷ついた鳥の羽根を、優しく優しく撫でながら。
 労わり、愛しむように。

「冬は仕事が無いから、たくさんここへも来れる。それに、今は忙しいんでしょう?」
 小さな空見習いの言葉に、ジェイドは戸惑いを見せた。

 事実、冬は渡り鳥の多い季節で、まだ今年の鳥の数を集計し終えていない。この鳥の世話をしていられるのは門の見張りの時間だけで、その他の仕事時間は忙しい。
 それに、と彼は考える。
 期待に胸を弾ませる、幼い少女。
 暫く悩んだ末、微かに笑いながら頷いた。カナリアのその希望に満ちた表情と、熱意に負けて。

「じゃあ、任せようかな」
 そうして、抱いていたその鳥をカナリアに託した。

 少女は微笑む。
 その小さく柔らかい生き物を、壊してしまわないようそっと包み込んで。
 
 

 季節の移り変りというのは早いものである。
 ましてや、地上と比べて空の上は更に。カナリアがこの空の街にやってきてから、もうひととせが廻っていた。

「カナリアは元気にしていたみたいだな」
 一年ぶりにこの空に帰ってきたハル。友人の門番に会って、第一声がそれだった。

 ジェイドは少し呆れ気味に、
「そりゃあもう、相変わらず好奇心旺盛だったよ」
「また嘘を教えたりはしていないな?」
「大丈夫、大丈夫」
 ハルは本当に本当にカナリアを大事にしているらしい。
 空には地上と違って『血縁』というものがない。けれど、ハルはまるでカナリアを『実の妹』のように可愛がっている。過保護、と言ってもいい。普段の彼には想像できない溺愛ぶりだった。

 ふいに、ハルが口を閉ざした。
 まだまだ続くだろうと思っていた言挙げが突如終わり、奇妙に思ったジェイドは彼を見た。
 すると彼は、頭を下げたのだ。普段は信用しているのか疑わしい門番に対して。

「秋と冬の間は面倒を見られない。だから、これからも、頼む」
 どこまでも真剣で真摯。それは本心からカナリアを大切にしていることと、本当は、この古くからの友人を信頼しているという証でもあった。

「勿論だよ」
 ジェイドは柔らかに頷いた。
 それは、照れ隠しや皮肉ではない。誠意でもって答えたのである。
 

 あとでまた来る、と言い残して、ハルは宮殿に仕事へ向かった。
 今日からはカナリアも宮殿に入る。彼女はほとんど毎日遊びに来ていたため、門の辺りは拍子抜けするほど静かだった。静謐とした門の前で、ジェイドはぼんやりと雲の下を眺める。

「雲が早いなぁ」

 嵐が来るのかもしれない、と、漠然と考える。
 傍らでは、もう大分回復した鳥が、羽毛を上下させながら寝入っていた。
穏やかだった。

 彼は基本的に『平穏』が好きだ。安穏でもいい。
 ただぼんやりと、時間が流れていく様子を見つめている。

 これが将来、十年も五十年も続くと知っていても、恐怖は感じなかった。自分を見失うんじゃないかという不安すら感じない自信があった。

 つくづく、門番に向いた性格だと自嘲する。

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届かない存在と
諦めるのはもう止めた
 
灰にまみれようとも
退屈な毎日でも
 
指先が触れたあの一瞬から
世界は色を纏ってしまったから
 
硝子の靴なんてなくても
あなたの元へ辿り着く
 
約束はしていないけど
誓える程に信じられる
 
だから私は歩き出す
鐘が鳴りやむその前に
 
灰にまみれようとも
退屈な毎日でも



*童話シリーズ第7章:Cinderella

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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