忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[33]  [34]  [35]  [36]  [37]  [38]  [39]  [40]  [41]  [42]  [43
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

三月の庭でお茶会を
The Tea Party in the Garden of March
 
 
 だだっ広い草原の真ん中にある、真っ白に輝く大きな城。
 
 強固な城壁はのどかな風景に意外にも溶け込んでいた。
 透き通った空、ゆったりと流れる雲、そして色とりどりの可愛らしい花。それらに囲まれた、まるきりおとぎ話のようなその場所を任されているのは、ひとりの少女だった。

 彼女の名前をリラと言った。つい数日前まではまったく別の場所で、学生として生活していた普通の少女。それなのに今は、一国の女王《アリス》としてこの城に留まっている。
 《白兎》と名乗る青年につれられてやってきた、見知らぬ場所。元の場所に帰る方法も分からずに、了承せざるを得なかった地位と役割。

 居てくれるだけでいい。何もしなくていい。その言葉に甘えきることも出来なくて、かといってよく分かりもしない統治に口を出せるわけでもない。
 そうして選んだ方法は、城内を知ること。歩き回って、この場所のことを少しでも理解すること。退屈も紛れて一石二鳥だ。

 そんな訳で赤絨毯張りの廊下を歩いていると、途中でひとりの青年と出逢った。
 後ろでしばった薄茶の髪をなびかせながら、上機嫌で歩く青年。彼はリラを見ると微笑んで声をかけた。

「こんにちは、《アリス》。お茶会はいかがですか」

「《帽子屋》さん」

「ジョシュアで結構ですよ。貴女はアリスですから、名前のほうが皆喜びます」

 彼のことはリラも知っていた。会議の議長で、役職は《帽子屋》。それなりに高い位の人間のはずだが、彼は誰にでも気さくだった。そしていつでも陽気に振舞う。

「お茶会って、どっちの?会議のほう?」
「ちゃんと、紅茶を楽しむほうのお茶会ですよ」
 
 
 帽子屋に導かれてやってきたのは、城壁の内側にある庭園だった。

 リラの国の言葉を借りるなら『英国庭園』。薔薇が咲き染まる優美な庭。生け垣の開けた場所には真っ白なクロスのかけられたテーブルが備えてあった。
 その側に佇む人の影。その人のこともまた、リラは知っていた。
 灰髪のその男性は手際良くお茶の用意をしていたが、近付いてきた人の気配を察して顔を上げる。視線の先に思いがけず居た少女に微笑んだ。


「おや、アリスではありませんか」

「ダミアン」
 
 リラの横で、ジョシュアが彼に向け手を上げる。

「ちょうどそこで出逢ってね。お招きしたのだけれど構わないよね?」

「もちろんですよ。アリスですからね」

 帽子屋が連れてきたのが女王だと分かっても驚きはしない。ここはそういう場所なのだ。酷く畏まったり怖れたりするのは、本当に位の低い人間だけ。そのためにいつもリラは錯覚を起こすのだ。
 そうして《三月兎》は、役職らしく丁寧に会釈をした。

「ようこそ、三月兎の庭へ」

拍手[0回]

PR
 その日は思う所あって、一階の座敷で仕事をしていた。

 じわじわと汗も滲む季節。
 普段ならじっと原稿用紙を睨んでいるのも嫌になる頃だが、今は良く手が進んでいる。
 それはひとえに、床の間の掛け軸のお陰でもある。
 滑らかに埋まっていく白い枡。ペンを走らせる青年の顔には、清清しい微笑さえ浮かんでいた。
 

 ふいに、澄ますでもない耳に、リィンと軽やかな音が届いた。
 思わず顔をあげる。まるで鈴生りに鳴る硝子の音。おそらく、どこか近所を歩いている風鈴売りの音だろう。
 それを聞いて、いつぞやのヒツジグサに思いを馳せる。
 
 手を休め、振り返って縁側に目を向ける。
 開け放した硝子戸の向こうには、こちらを覗き込むサルスベリの枝が見て取れた。上品な桃色の花が、入道雲と共に薄青の空を飾っている。

 ――今年も良く咲いてくれている。

 独り言ちると、満開の枝がさわさわと揺れた。
 側では一匹の犬が寝息を立てている。

 遠くで夕立を知らせる音が響いた。刹那、涼しげな風が吹き抜ける。
 その風が、床の間に飾った鬼灯を揺らしていった。
 

 ――成程、葡萄が生るにはまだ早いな。

 そう付け加えて微笑うと、青年は再びペンを握った。

 

梨木香歩『家守綺譚』を読み終えて

拍手[0回]

人を愛するということは、どんなに汚れていて醜いか。
それを映すのは彼女の笑みであり、消えることのない電球だった。
 
人を愛するということは、どんなに妖艶で気高いか。
それを映すのは沈静な池であり、二度と聞こえないバイクの音だった。

 
ほら、みてごらん。
 
彼は言った。
 
『愛情とは、どこか謎めいた戦利品に酷似している。』
 
花は植物の中で一番醜く、その偽善は回りくどい蜜の香で獲物を呼ぶ。
 
『愛されていることを知らぬ人間だけが、愛情が無限だと期待する。』
 
彼は詠った。
 
『ごらん、溢れ出るこの赤いもの……、これは、何だろう?』
 
私は首を振った。
 
わからない。
 
涙が溢れる。その血よりも濁った涙が。
この熱は呪い。自らの罪への自らの咎。
私は…僕は裏切ったのだ。知らずして彼を失望に追いやった。
 
わからない。それは今も変わらない。
 
あの接吻の意味を、あの流れ出る赤いものを。
 
『よくごらん』
 
『これが、僕だ』
 
転々と続く赤、美しく赤く冷たい、限りなく綺麗な真円。
けれど池の水は赤くない。
赤いのは、水面の映し出す空。
そして冷たいのは――
 
忘れられぬあの夢。恐ろしい夢。
どんなに深い傷でも、やがて治ってしまうと私は知っている。
忘れることを許さないのは自分か、あの池に眠る彼の赤か。
忘れるのかと、その瞳が私を見送る。
 
 
そう、おそらく私は彼を忘れていくのだろう。
 
 
 

――森博嗣『河童』を読んで
 

※作中の単語・表現を多数織り込みました。
 参照頁は割愛させて頂きます。

拍手[0回]

Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]