ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
最近は本家でも結構頻度高く新作をあげている気がします。
なんでしょうね。それくらい現実逃避が激しいんでしょうか。
こうして並べてみると、結構書いてきたなぁ。
登場人物名等ごっちゃになりつつあるので、PCには一覧メモが入っています。
中にはリンクしたりパラレル設定展開していたりするので、把握してないともう大変。
あと、そのうちもう少し作品数が整ってきたら目次の『雰囲気分け』しようかなと思っています。
世界感の似通ったもので分けたりとか、続編は並べておいてみたりだとか。
最近の作品は(リンクしているせいもあるけど)夜が舞台のものも増えているので、それだけで括っても面白いかなぁ。
あ、あと。
実は本館にはあってここには更新する予定のない作品もいくつかあります。
『最後の花』とか、『ユリカ』とか。
そちらは本家のほうで読んでいただけると幸いです。
反対に別館にしかない作品もありますので、どちらも楽しんでいただければ。
トワちゃんが身震いすると、白い息が空中に広がった。
しきりに手を擦り合わせながら、不思議そうに私を見る。
「あんたはよくマフラーしなくて済むね」
「首は平気だもん。手も大丈夫だし」
微笑むと、あたしはダメ、と彼女が首を振る。
「暑いのも嫌だけど、寒いのはもっとダメ。このままじゃ冬眠しちゃうって」
手も冷え性だしさ、と、からから笑う。
空はどんより曇っていた。
今にも降り出しそうな空模様。もしかしたら、雪ぐらい降るかもしれない。
「じゃ、悠紀は寒いの全然大丈夫なんだ?」
名前もユキだしさぁ、と冗談も付け加える。余裕あるなぁ。
「そんなことないよ。苦手なとこ、あるし」
溜め息のように、大きく息を吐く。真っ白な生きる証が、空に溶けて消えた。
駅前通りまでやってくると、彼女は私とは逆方向の信号に向かった。
「じゃあ、あたしバイトだから。このまま行くね」
「うん、また明日」
「風邪引くなよー?」
笑いながら、片手を挙げて去っていく。
神崎遠子は今日も元気だった。
いったい、どっちが本当に冬に強いのか。
残された私は、とぼとぼ家路につく。
冷たい冷たい、風が吹いた。
口を固く結び直した。ぴり、と唇に痛みが走る。
ああ、またやっちゃった。
口だけは、だめなんだ。カサカサになってしまって、すぐ血が滲む。痛い。
息をしたくない。喋りたくない。口を、開けたくなくなる。
冷たい空気を吸おうとすると、喉が詰まる。身体の中から冷えていって、息をすることさえ止めようかと思う程に寒い。体は鉛が押し込まれたように重くて。
この唇と同様にささくれて行くのは、心。
寒くなるとそう。
他愛ない話で笑えない。感情が消える。表情が薄らぐ。受け答えすることが、他人と関わることが億劫で。
だからいつも、必死になって喋る。言葉を捜して、沈黙を埋めようと。
でもいつも途中で諦めてしまうの。
だって、それは凍て付くような冬の気温だから。
けれど。彼女と一緒の時は別。
トワちゃんは太陽で、私は冬の木。いつだって私はあの子から温かさを貰う。
そうすると、こんな凍える季節でも、もう少しだけ頑張れる気がした。
私はポケットの中を探った。
おかしいな。いつも入れているあれが、今日は入っていない。
どこかに置き忘れたかな。それとも、落としてしまったのだろうか。どうしていつもなくしちゃうんだろう?
だから今日は、コンビニに寄り道。
自動ドアの向こうの、ふわりと温かいその場所で、
買ったばかりのリップエッセンス。
グロスにもなるという程のとろとろしたその液体。これなら、きっと裂けた唇を守ってくれる。
キャップをあけると、ほんのりグレープフルーツの香りがした。
まるでトワちゃんみたいだった。
唇にあててするりとなぞる。薄く伸ばして、厚く重ねて。
途端に凍て付いた鉛が消えるのだ。
「これで、よし」
うん。寒いけど、もう少しだけ頑張ろう。
「それなら、誕生日にしようか」
ふいにジョシュアの瞳と言葉がこちらに向いた。
驚いて、思わず間の抜けた声を出してしまう。
「え?」
「誕生日。今からこの場所のこの時間を《アリス》の…リラの誕生日として祝おう」
「それは良いですね」
名案だといわんばかりに、ダミアンまでもがにっこりと頷いている。
私は微笑む彼に両手を振って遠慮の意思を示した。
誕生会なんて、なんだか照れくさい。
「ただのお茶会で充分よ。誕生日でないなら、アンバースデイね」
その言葉をどう取ったのか、ダミアンは笑ってゆるりと首を横に振った。
「いえいえ、簡単なことですよ。時計を進めればいいだけのことです」
「え、なに?」
今度は、意味が分からなくて聞き返してしまう。
何が簡単?お茶会を誕生日仕様にすることが?でも今の言い方そうではなかった。
三月兎の言葉に帽子屋までもが賛同した。
「大丈夫。貴女はこの国のアリスだからね。鍵は持っているね?止めるのも、動かすのも。時間を示すのは全て貴女」
私はてっきり、形だけの誕生日会をしてくれようとしているのだと理解していた。
なのに、どうも彼らは本当に『誕生日』を祝ってくれるらしい。
まさか、そんな。
おや、信じられない?苦笑しながら、ジョシュアはテーブルの端においてあったそれを引き寄せた。
「じゃあ例えば、この時計」
差し出されたのは、昼の三時を知らせる置時計。ティータイム中はずっとテーブルにある、馴染みのものだった。
「貴女の思うまま、貴女の望むまで好きなだけ回してご覧」
当たり前のように促す帽子屋。彼らの顔を見渡す。ジョシュアもダミアンも、真面目な顔をしていた。
私はと言うと、今更になって彼らの『善意』を拒む気も起きなかった。こっそり当惑の溜め息をついて、ジョシュアに促されるまま長針を右回りに進めた。
こんなことをしたって、この時計の示す時間が変わるだけなのに。
半信半疑、ほとんど信じられない面持ちで、薦められるまま針を動かす。
だいいち、時計では時間が分かっても日にちまでは分からない。
そのはずなのに、私の指は導かれるようにくるくると長針を回していく。
くるくる、くるり。
くるくる。くるくる。
カチリ。
ここだ、と思った瞬間。
私の動かしていた針が、意志でもあるかのように一定の時間で停止する。
それは、何度回したのか、数回目に迎えた12時の知らせ。
頭上で輝いていたはずの鐘が響いた。驚いて瞬きを繰り返す。
見上げると時計の塔の時刻もまた、目の前の時計と同じ時刻をさしていた。
ゴーン、ゴーンと、雄大に響く鐘の音。
時間を知らせる音。始まりを告げるような音だった。