むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「その人の大切なものだよ。その人間がその時点で持っているものの中から、身代わりに出来るものを貰う。鳥を手に入れるなら犠牲にも出来るギリギリのもの…いや、違うな。犠牲にしてもいい、と思い込んでいるもの、かな」
「その犠牲の中にこそ、大切なものがあるかもしれないのに?」
「そういうことだね」
言って彼は笑った。少し嘲るような、同情するような笑みだった。
「人間は賢くて愚かだ。悩んだり考えたり騙したり騙されたりしているうちに、どんどん狡猾になる。手段を選ばずに、自分が優位になる結果だけを求める。リスクという言葉を掲げながら、本当はその意味すら理解していない。だから大切なものを危険に晒す。何が大切かなんて、本当は考えなくても分かるのに」
ふいに僕の中にひとつの疑問が浮かぶ。
人間が狡猾なら、それを手伝う彼はどうなのだろう。いったいどんな思いで鳥を『売って』いるのだろう。
それは善意だろうか、悪意だろうか?
いや、そもそも、そんな感情すら抱いているのか。ただ淡々と、鳥籠を手渡すその姿が思い浮かべる。表情だけは穏やかで、その瞳は氷雪のような冷たさを隠して。
彼方さんの声が、一層雨の音を遠ざけていく。
カチリ。柱時計が思い出したように時を刻む。まるでたった今まで時間が止まっていたように、急に針の音がその存在を主張し始めた。
それに彼方さんも気がついたのだろうか。固く組んでいた指を解いて、コーヒーカップの縁をするりと撫でた。そして苦笑する。
「少し、複雑な話になってしまったかな」
「いえ。楽しいです。まるで、言葉遊びみたいだ」
僕はカップに口をつけた。いつの間にか冷めてしまっている。ひとつだけ入れた角砂糖が底の方で濁っていた。
「彼方さんの話を聞いて、少し安心しました。そうですね、誰だって自分の求めているものの姿は見えないんだ」
「梨生も探しているものがある?」
店主の漆黒の瞳が、じっとこちらを見据える。それは僕の心を窺っているようで。
「はい。もう、ずっとずっと。最近は、自分が何を探しているのかも分からなくなって」
スプーンで珈琲をかき混ぜながら何気なく答えた。深く考えずに出た言葉は、口を介すると突如実感を生み出した。
「前はもう少し情熱的だった。何が何でも手に入れてやろうと思った。でも今は、叶わないなら諦めて、もっと手近なものを見つけたっていいんじゃないかって」
「それは何?」
「それは……?」
何故か意識がふわふわとして、とっさに思い出せない。
まるで夢の中にいるみたいだ。そう過ぎって訂正する。
けれど、これは夢じゃない。夢ならば夢だと意識しないはずだから。きっと、不安が大きすぎて口に出すことを憚られているだけ。
言葉に置き換えると、泡のように儚く弾けてしまいそうだから。
「――内緒、です」
だから僕は笑った。そう。これは内緒なのだ。
彼方さんは一瞬つられるように微笑んで、目を細める。その瞳の色の本当の意味を、僕は知らなかった。
「その犠牲の中にこそ、大切なものがあるかもしれないのに?」
「そういうことだね」
言って彼は笑った。少し嘲るような、同情するような笑みだった。
「人間は賢くて愚かだ。悩んだり考えたり騙したり騙されたりしているうちに、どんどん狡猾になる。手段を選ばずに、自分が優位になる結果だけを求める。リスクという言葉を掲げながら、本当はその意味すら理解していない。だから大切なものを危険に晒す。何が大切かなんて、本当は考えなくても分かるのに」
ふいに僕の中にひとつの疑問が浮かぶ。
人間が狡猾なら、それを手伝う彼はどうなのだろう。いったいどんな思いで鳥を『売って』いるのだろう。
それは善意だろうか、悪意だろうか?
いや、そもそも、そんな感情すら抱いているのか。ただ淡々と、鳥籠を手渡すその姿が思い浮かべる。表情だけは穏やかで、その瞳は氷雪のような冷たさを隠して。
彼方さんの声が、一層雨の音を遠ざけていく。
カチリ。柱時計が思い出したように時を刻む。まるでたった今まで時間が止まっていたように、急に針の音がその存在を主張し始めた。
それに彼方さんも気がついたのだろうか。固く組んでいた指を解いて、コーヒーカップの縁をするりと撫でた。そして苦笑する。
「少し、複雑な話になってしまったかな」
「いえ。楽しいです。まるで、言葉遊びみたいだ」
僕はカップに口をつけた。いつの間にか冷めてしまっている。ひとつだけ入れた角砂糖が底の方で濁っていた。
「彼方さんの話を聞いて、少し安心しました。そうですね、誰だって自分の求めているものの姿は見えないんだ」
「梨生も探しているものがある?」
店主の漆黒の瞳が、じっとこちらを見据える。それは僕の心を窺っているようで。
「はい。もう、ずっとずっと。最近は、自分が何を探しているのかも分からなくなって」
スプーンで珈琲をかき混ぜながら何気なく答えた。深く考えずに出た言葉は、口を介すると突如実感を生み出した。
「前はもう少し情熱的だった。何が何でも手に入れてやろうと思った。でも今は、叶わないなら諦めて、もっと手近なものを見つけたっていいんじゃないかって」
「それは何?」
「それは……?」
何故か意識がふわふわとして、とっさに思い出せない。
まるで夢の中にいるみたいだ。そう過ぎって訂正する。
けれど、これは夢じゃない。夢ならば夢だと意識しないはずだから。きっと、不安が大きすぎて口に出すことを憚られているだけ。
言葉に置き換えると、泡のように儚く弾けてしまいそうだから。
「――内緒、です」
だから僕は笑った。そう。これは内緒なのだ。
彼方さんは一瞬つられるように微笑んで、目を細める。その瞳の色の本当の意味を、僕は知らなかった。
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