忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[69]  [70]  [71]  [72]  [73]  [74]  [75]  [76]  [77
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「な…何を、ですか…?」

 思わず敬語で聞き返す。
 ワンピースの少女はハトを撫でながら、さも当たり前そうに言った。

「決まってるじゃない。空の破片よ」

 決まってるって何?

 この子と初対面のはずだし、だいいち…何の破片って言った?
 空? それは何かの比喩表現でしょうか。

「知りません…けど」
 仕方なく答える。けれど、少女はそれくらいでは引き下がってはくれなかった。

「そんなはずないわ。だって現にこうして鳥がさえずってるじゃない」
 もう一度白いハトが私を見て鳴いた。
「鳥は空に向かって鳴くのよ。間違うはずないわ」

 変な理屈だけど、彼女には絶対的確信があるようだった。

 『帰り道に執拗に尋ねてくる人物』。あぁ、なんかこれ聞いたことあるなぁ、と思ったら。
 昼間に智美達が言ってた『ナントカの男』に似てる。

 あれ? じゃあもしかして…

「もしかして、空の破片って…パズルのピースのこと?」

 少女はびしりと私に人差し指を向けた。
 あ、人を指差しちゃいけないんだぞ。

「それよ。じゃ、持ってるわね? 拾ったわね?」
 少女の態度に多少面食らいつつも、事実だったので、私は言われるままに頷いた。

 まさか、昼間のあれが本当の話だったなんて。
 でも、おかしいな。昼間のは『パズルの男』だったけれど、目の前にいるのはどう見ても少女。どこかで話がねじれたのかな?
 少女は、私に向けていた指を開いて、手のひらを提示した。

「返して」
 真っ白な手が差し出される。
 多分、話の流れからいってパズルのことだと思うけど。

「大事なものなんですか?」
 今度は少女が頷く番だった。
「当たり前でしょ。あれがないと困るの、世界中の誰もが」

 随分大袈裟な話だ。それくらい大切な思い出の品か何かという意味だろうか。
 まぁ、あのピースは私には必要ないものだし、(私だけの空を失うのは少し残念だけど、)そんなに大切なものなら尚更返さなければいけない。

「でも」 私は口を開いて弁解する。
「今は持ってないの。家に置いてあるわ」
「…そう」
 少女は残念そうにしゅんとした。気が強そうだけど、こうして改めて見ると可愛い子だった。
 急激に可哀想になった。

「あ、だ、だから今から家に行って……」

「だったら」
 落ち込んでいたはずの彼女が力強く顔をあげた。私の言葉を遮って、

「3日後の同じ時間にもう一度来るわ。その時に持って来て」


 …可哀想だと思ったのに。
 私は急に気落ちした。心の中で溜め息を吐く。

「分かった」
 ふいに風が吹いた。彼女から目を放したのは、肩を落としたその一瞬の間だった。
 なのに。
「ところであなたは…あれ?」

 せめて名前くらい聞こうとしたその時。
 ワンピースの少女は、もう跡形もなくその場所から消えていた。

拍手[0回]

PR
カテゴリー内の目次になります。
小説の目次は、各カテゴリーのほうへどうぞ。

はじめに

説明

あさと

ヒント



拍手[0回]

 それから、ひと月が経った。
 雲ひとつない夜空に、星と丸い月が輝いている。
 私は思い立って、あの入り江に足を運んだ。

 やはり彼女は、月の影の中にいた。 


「こんばんは」

「こんばんは」 

「また、演奏に来たのですね」

「ええ。それから、あなたに会いに」 

 そうしてヴァイオリンを弾いた。
 海の女神は、私の演奏に合わせて歌を歌った。ヴァイオリンに彼女の澄んだ声は良く合った。今までに聴いたことのない、美しい二重奏だった。


 それから私たちは、満月になる度、入り江で二人だけの演奏会を開いた。ひとつきの内にたとえ嫌なことがあっても、天満月の夜が来れば心が洗われた。


 恋を、していたのかもしれない。

  あの女神に。
 私の演奏を受け入れてくれた、海の歌姫に。







「海を渡ることになりました」 


 毎月の演奏会を催すようになって、10度目の夜。
 私は弦を引く手を止めて、そう口にした。 

「海の向こうへ。音楽の街でヴァイオリンの修行をするのです」 

「そうですか」

 彼女は淋しげな表情を滲ませた。心が、痛んだ。

「もっと、貴方のヴァイオリンを聴きたかった」 

 そう言って、海の向こうを眺める彼女。もしかしたら、私の行く先を探しているのかもしれない。

「まだ」
 堪らず声をかける。彼女が、私を振り返った。

「まだ、名前を聞いていませんでしたね。私は、カクタス。あなたのお名前は? 海の女神」

「マロウと申します。この入り江に住む、海の住人です」


 そうして私達は、初めてお互いの名前を呼んだ。
 波の音だけが、静かに響いた。 

「また会いましょう、マロウ」

「ええ、カクタス。…きっと」



 また会う約束をしたのも、初めてだった。今度ばかりは、約束をしなければ会えなそうだったから。

 けれどもう。

 逢う事は叶わないと、心のどこかで理解していた。

 

 

 次の日の夜。最後の船で私は海に出た。

 波の合間に、朧げに、歌声が聞えた。

 それは私が海辺で弾いたあの曲だった。

 満月の夜に奏でた、女神に捧ぐセレナーデ。 

End. 
 

拍手[0回]

Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]