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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「『誰そ彼』という言葉を知っているか」

 今度は必死に、その人影を振り返った。
 長い髪の間から覗く白い顔。
 刺すような視線。顔立ちは、女性に近い。
 知らない。誰?

「『誰そ彼』という言葉を、知っているか」

「知、ってる」

 私は頷いた。
 聞いたことがある。黄昏…夕方のことだ。人の顔の見分けの付かなくなった時間のこと。そうまさに、今のような時間。
 黄昏。
 そういえば、他にも呼称があったはずだ。思い出せない。何だったか、確か。
 
 言葉の出ない私に向けて、『影』は指を突き出した。
 違う。正しくは、私の後ろを。
 

「では、主の隣りに立つ、そいつは一体誰だ?」

「え――――」
 
 指を差されて振り返る。家路の方、今向かっていた方向を。
 すると、
 私のすぐ側。息のかかるほど側。

 そこには確かに人が居た。
 青白い顔が、無表情で私を見つめていた。

 だ…れ?
 誰?
 だれ?
 しらない。
 知らない。
 見知らぬ顔が。
 笑う。ニタリと。
 だれ?
 まるでこの、夕闇のような、
 恐い。
 だれ?
 影を孕んだ笑みが。
 そしてその手が、私の喉元に伸びてきた。
 声が出ない。
 瞬きが、出来ない。

 ひやりと氷のように冷たい指先が、私の首を掴んだ。

 かしゃり。

「あ――――…!!」

 

 チカチカと、街灯が瞬いた。
 一瞬の揺らぎの後、はっきりと点ったその光の下に、その白い顔は居なかった。驚いて振り返った先にさえ。既に黒い影はいなかった。そこに滴っていた筈の、血の跡すらない。

 誰も居ない。
 居るのは、私だけ。


 腰が砕けるように、その場に座り込む。肩で息をつきながら。必死に、酸素を肺に送った。
 ぽたり、冷や汗が、コンクリートに落ちて消えた。

「あれは、あの人は…」


 あのひとは、誰?


 たそがれ。
 誰そ彼。


 ああ、思い出した。

 
 そう。

 
 
 またの呼び名を、逢魔が時。


End.

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 長い長い夜の始まりは、長い長い夕暮れの時刻。
 長い長い影を引きずり、辿り着かない家へと急ぐ。


 ああ、もうこんな時間。
 夕飯前には、帰るって言ったのに。
「すっかり遅く…」
 
 夕方は嫌だ。
 橙に染まった景色が、まるで馴染みのないどこかの街に挿げ替えられた気がする。
 知っている筈の、知らない街。
 増して、こんなに静謐で。
 誰とも出会わない不思議。最初から誰もいないのじゃないかと、錯覚するような。
 
 早足で急ぐ舗装道。昼間の余熱が、ぼんやりした空気を作る。じわりと熱い風が街路樹をさわさわと揺らした。
 カナカナカナ、
 ヒグラシの声が、遠くで響いていた。
 
「おそく…」

 独り言で自分を紛らわせながら歩く、細い道の最中。私はふと立ち止まった。
 擦れ違うひとけすらない十字路の先に、誰かが佇んでいる。
 

「…誰…?」

 黒い髪、黒いワンピース。手には、柄の長い竹箒。何故かぴくりとも動かない影のように。
 不思議に思いながら、速度は落とさずに近付いていった。
 
 その人影まで、あと数メートル。歩く速度を遅めた。
 

 そして、はっと息を呑む。
 橙色の中で、目を疑う。
 
 箒じゃ、ない。

 かしゃり。
 金属の擦れる音。
 あの、冷たく光るものは何だろう。鋭く研ぎ澄まされた、人の首くらい簡単に落としてしまえそうな、大きな刃は。
 そしてその表面を覆う、ぬらぬらした赤黒いものは。
 
 
 かしゃり。
 ぽた、り。

 あれは、あの粘り気を含んだ液体は。
 夕陽に照らされて赤い色をした。いや、もしや。もともと、あんなに赤い。
 まさか、そんなはずない。
 まさかね、まさか。
 そんなはずない。

 寒気を感じながら、足早にその横を通り過ぎる。
 するとその時。擦れ違う、その時。

 
「夕方が怖いか?」

 
 黒い人影が、口を聞いた。
 男とも、女とも思えない口調。大人とも子供ともつかない声。

 足は一瞬にして、地面に縫い付けられた。
 振り返ることが出来なかった。
 
 嫌な汗が背筋を伝う。
 
 もう一度、声が聞こえた。


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沈黙の深い森
何かから逃げて来た

考えることはやめて
胸一杯に風を吸う
迎えるのは柔らかな陽射

捕らえるものはもういない
悩む必要はもう無いの

けれど何か足りない
迫り来る空虚
追いかける閉塞
 
平穏と背中合わせの不安
忍び寄る足音
 
そして気がつく
ここではいつか飲み込まれる
立ち向かうには弱すぎる
 
それならいっそ

あの甘い実を頂戴
きらきらと輝く
香しき芳香の
 
私を終わらせる誘惑の果実を



*Snow white…白雪姫

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Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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