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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 歩き疲れた私の目は一軒のカフェを捉えた。その一瞬にして、意識はカフェに奪われていた。時計はもう2時を指している。お昼を食べた記憶はないけど、よく今まで歩けたものだ。 
「ねぇ、ちょっと休憩してもいい? 私、お腹すいちゃって」 
 早く冬を見つけなきゃいけないけど、さすがに空腹と疲労が限界に来ていた。 


「カナリアは食事を摂ったりするの?」 

 二人(と一羽)でテーブル席に通されて、メニューを眺める。 
 本当は入店の際にカナリアの肩の上を注意されるかとびくびくしたけれど、驚いたことに何も言われなかった。他の人間には見えないのだろうか。それとも、ここがテラス席だからなのか。 

「食べることも出来るけど、必要がないからしないわ。わたしたちは太陽の光から力を貰うの」 
 まるで光合成だ。葉緑体はなさそうだけど。 
 カナリアは物珍しそうに店内(外だけど)を見回していた。 
「だったら、一緒に何か頼んでみる? ケーキセットくらいならおごるよ」 

 ケーキと紅茶のセットを注文して、待つことしばし。なんとなく落ち着きのないカナリアをよそに、私達の目の前には苺のショートケーキが2つ並べられた。 

 ふわふわに泡立てられた生クリーム。その上にちょこんと乗せられた真紅の苺。断面にはぎっしりとフルーツが詰められていた。 
 カナリアは、ショートケーキを穴が開くほど見つめた。 

「どうかした?」 
 不安になって声をかけてみる。彼女の視線はケーキから離れない。 

「…これが、ケーキっていうのね」 
「うん。あ、食べるの初めて?」 
「話に聞いたことはあるわよ」 
 じゃあ、見るのは初めてって訳だ。 

 二人そろってケーキにフォークを入れる。ふんわりしたクリームが一端沈んで、切り取られると同時に再び起き上がる。シロップの染みこんだ、柔らかいスポンジ生地。それを口に運ぶ。 


「…う」 


 思わず絶句する。 

 甘い。甘かった。
 何がって、ケーキが。 

 生クリームってこんなに甘かったっけ。歩き疲れたからつい甘いものに目がいったけど、やっぱり私は甘いものが苦手だった。餡子は好きだけど。 
 もう一口食して、諦めて紅茶に口をつける。熱めの紅茶で、甘みにやられた舌と喉が回復する。ああ、とてもいい香り。ダージリンティーみたいだ。 

 こんなの食べさせてまずかったかな、と何気にカナリアに目をやる。
 すると、彼女はフォークを口にくわえたままで停止していた。目はまたもやケーキを凝視している。 

「か、カナリア…?」 
 そっと呼びかけると、カナリアはゆっくり私を見た。 

「これが…ケーキ?」 
 なんだか神妙な顔つき。 
「ごめんね、無理だったら残してもいいよ?」 
「凄く…美味しい」 
「うん、だから、って…え?」 
 改めてその表情を見ると、きらきらした笑みを浮かべていた。金色に近い瞳が眩しい。 
「ニンゲンが食事をする理由が分かったわ。こんな美味しいものをいつも食べられるなら、飽きずに食事を摂ることも頷けるわね」 
 というか、いつもケーキじゃないんだけど。それに勿論食事は栄養摂取が大前提であって… 
 そう訂正しようと思ったけれど、どうも彼女は既にショートケーキのとりこらしかった。感動の瞳でケーキを眺め、休む間もなく口に入れていく。ああ、幸せそうだ。まるで人間の女の子と同じリ反応。それを見ているだけで、もう口の中が甘くってたまらない。私は紅茶のおかわりを注文するハメになった。 

 よかったら私のも食べて、と食べかけのケーキを勧める。それが皿の上から消えるまでには、おそらく数分も掛からなかっただろう。 


「結衣?」 

 彼女の食べっぷりを眺めていると、後ろから誰かが私を呼んだ。 

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 私は目を開けました。

 窓から入ってくる日差しが眩しくて、ふと気づくと、私は自分のベッドの上で寝ていました。
 さっきまで入り江にいたはずなのに。

「あれ……?」

 外を見ると、太陽はもう随分高く昇っていました。
 私は慌てて階段を駆け下りました。
 玄関を出る時に、朝の支度をするお母さんとすれ違いました。

「アリシア? どうしたの、ご飯は……」

「ちょっと出掛けてくる!」

 私はまず、すぐそばの宿屋に行きました。
 しかし、会いたい『彼』はいませんでした。
 走って走って、次の場所へ向かいます。

 すると、やはり友達はあの原っぱで絵を描いていました。

「セシル!」

「おはよう、アリシア。そんなに急いでどうしたんだい?」

 彼の目印のような笑顔を浮かべて、振り返ります。
 息の上がった私を見て、セシルは面白そうに笑いました。

「だって、きのう、昨日のこと」

「ああ、絵の具のことかな? 確かに失くしてしまったのは残念だけど、もう一本持っているから、気にしなくていいよ」

 私は急に不安になりました。
 なぜだか、セシルと会話がかみ合っていない気がするからです。
 どきどきと、心臓の音が不安に響きます。

「違うの。そうじゃなくて、ゆうべのことよ」

 おそるおそる、私はセシルの顔を覗きます。
 すると彼は少し怪訝そうに眉を寄せるだけ。まるでいたずらする小さな子をたしなめるように、苦い笑いを浮かべます。

「ゆうべ? まさかひとりでここに来たんじゃないだろうね。だめだよ、いくら良く知った場所でも、夜の山は危ないんだから」

 なんだかよく分からなくなってきたわ。

 どきどきと揺れた心が、音を立ててしぼんでいきます。
 そしてそれと一緒に、自分がどうしてこんなに必死になっているのか、不思議な心地が膨らんでいきます。

 あれは夢だったのかしら?
 そうなのかもしれない。だって、目が覚めたらちゃんと自分の部屋にいたんだから。


 結局その時は、あのすべてが夢だったのだろうと思い直すしかありませんでした。

 セシルは覚えてないようだし、大体、本当に竜や人魚がいるなんて聞いたこともないのですから。

 

 やっぱり…全部夢物語だったんだ。
 全ては幻想。夜の中に浮かんだファンタジア。

≪Back Next≫

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 この色は見た事がありました。
 私がなくした青の色。セシルの、あの青の絵の具と同じ色をしていました。

 最初に絵の具を見せてもらった時、まるで海や森の色をそのまま閉じ込めたみたいだと思ったことを思い出しました。
 あれは、どうやら私の思い込みではなかったようです。

 きっと青だけじゃない。
 他の緑や橙も、水色も。
 同じようにしてどこかの森や夕日や空の色なんかを瓶に入れたんだわ。

「さあ、これが海の青色。朝焼けに染まった海の青だよ」

 キラキラと輝く、とれたての海の色。
 私はその色に目を奪われながら、かろうじてセシルに声をかけました。

「よかった。これでまた絵が描けるね」

 するとセシルは、その瓶を私の手に預けました。

「これは君にあげよう。一生懸命がんばったごほうびだ」

 私は瓶を傾けてみました。
 やはり、ただの海水とは違ってゆっくりとろとろと動きました。

 あの絵の具と同じように。

「きれい…ありがとう、セシル」

 私が笑うと、セシルもいつも通りの温かい笑顔をくれました。

 それから私たちは、浜辺に座って、太陽が完全に顔を出すのを見ていました。
 ゆっくりと昇っていくまあるい光。
 けれどそれが空に昇りきる前に、私のからだがふわふわしはじめました。

 安心したらだんだん眠くなってきたわ。
 夜じゅう歩き回ったせいかしら。

 目を開けていられなくて、私は自分でも気がつかない間にうとうとし始めました。

 そのうちに、ふわりと体が浮かぶ感じがしました。
 まるで波の上にいるよう。そして波よりもやさしくて、あたたかい。

 波の音も遠くなる中、最後にセシルの声が聞こえました。

 

「アリシア。今日の事を決して忘れてはいけないよ」


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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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