むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「返、す…?」
冬が、小さく呟いた。
曇が切れて、かすかに晴れ間が覗いた。
「私は、間違っていたのか?」
「あまり賢明とは言えなかったわね」
冬は観念したように、自嘲めいた笑みを浮かべた。
僅かだった晴れ間が空一面に広がって、日光が当たった場所から氷が消えていく。もう、吐く息も白くなかった。
「君の言うとおりだ。私は本当に頭が固いな。他の可能性を考えることが出来なかった」
「じゃあ…」
ふいに目の前に見覚えあるガラスビンが差し出された。冬に渡したときと何ら変わらない、空色のパズルが入ったビン。
「貴女から騙し取った破片だ。お返しするよ」
彼は穏やかに笑った。私も微笑を返す。でも、内心では泣きたくて仕方なかった。
差し出されたそのビンを慎重に受け取った。自然から人間に託された、大切な破片。
「ごめんなさい」
私は思わず謝った。彼を追い詰めたのは私達のせいでもあるのだから。
優しい銀色の瞳が私を見つめた。
「さて…カナリア、だったかな。私はどうなる」
イヴェールが空色の少女を振り返った。
「あなたの処分は言いつかってきたわ」
処分。そういえば彼女が言っていた。冬の居場所と処分を議論してきた、と。
カナリアが改めて口を開く。冬はその言葉の続きを黙って待っていた。
「あなたは、今冬まで大人しく待機。そして今年はいつもより冬が長くなる予定だから、しっかり調節しておくように。以上」
…え?
「それだけか?」
イヴェールも驚いたように少女に尋ねた。
「そうよ。ただし、今年の職務を疎かにした場合、来年の春の職務を手伝うことになるから覚悟してね」
悪戯っぽく微笑む空の少女。それを聞いて、冬の民もまた苦笑した。
「…心得た」
「それから…この世界も手遅れじゃないわ」
「そう、だろうか」
「ええ。それに、他にもわたしたちに出来ることはある」
イヴェールは頷くと、ふわりと宙に身体を浮かべた。
「あの、私」
去ろうとするその姿を、思わず呼び止める。彼は不思議そうに私を見た。
「冬も好きだから、今年も頑張ってね」
彼はただ微笑んだ。
次第に足先から色が抜け始める。まるで、空に溶けるように。
「では、また冬に逢おう」
冬は最後にそう言葉を残して、春の世界を去った。
冬が、小さく呟いた。
曇が切れて、かすかに晴れ間が覗いた。
「私は、間違っていたのか?」
「あまり賢明とは言えなかったわね」
冬は観念したように、自嘲めいた笑みを浮かべた。
僅かだった晴れ間が空一面に広がって、日光が当たった場所から氷が消えていく。もう、吐く息も白くなかった。
「君の言うとおりだ。私は本当に頭が固いな。他の可能性を考えることが出来なかった」
「じゃあ…」
ふいに目の前に見覚えあるガラスビンが差し出された。冬に渡したときと何ら変わらない、空色のパズルが入ったビン。
「貴女から騙し取った破片だ。お返しするよ」
彼は穏やかに笑った。私も微笑を返す。でも、内心では泣きたくて仕方なかった。
差し出されたそのビンを慎重に受け取った。自然から人間に託された、大切な破片。
「ごめんなさい」
私は思わず謝った。彼を追い詰めたのは私達のせいでもあるのだから。
優しい銀色の瞳が私を見つめた。
「さて…カナリア、だったかな。私はどうなる」
イヴェールが空色の少女を振り返った。
「あなたの処分は言いつかってきたわ」
処分。そういえば彼女が言っていた。冬の居場所と処分を議論してきた、と。
カナリアが改めて口を開く。冬はその言葉の続きを黙って待っていた。
「あなたは、今冬まで大人しく待機。そして今年はいつもより冬が長くなる予定だから、しっかり調節しておくように。以上」
…え?
「それだけか?」
イヴェールも驚いたように少女に尋ねた。
「そうよ。ただし、今年の職務を疎かにした場合、来年の春の職務を手伝うことになるから覚悟してね」
悪戯っぽく微笑む空の少女。それを聞いて、冬の民もまた苦笑した。
「…心得た」
「それから…この世界も手遅れじゃないわ」
「そう、だろうか」
「ええ。それに、他にもわたしたちに出来ることはある」
イヴェールは頷くと、ふわりと宙に身体を浮かべた。
「あの、私」
去ろうとするその姿を、思わず呼び止める。彼は不思議そうに私を見た。
「冬も好きだから、今年も頑張ってね」
彼はただ微笑んだ。
次第に足先から色が抜け始める。まるで、空に溶けるように。
「では、また冬に逢おう」
冬は最後にそう言葉を残して、春の世界を去った。
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エレベーターの扉が開いた。
僕は誰もいないその箱に、晴れやかな心で乗り込んだ。
行き先のボタンを押す。すぐに扉が閉まって、エレベーターは昇って行く。
そう、答えは出たんだ。酷く簡単で、酷く呆気ない答えが。だから僕の心はこんなにも軽い。
僕は彼女に会いに行く。
あんな形で別れることになってしまった僕と彼女。心が潰れるんじゃないかというくらいに泣いて泣いて、誰にも会わずに部屋に籠った。
昼も夜も分からなかった。
自分が誰かも見失っていた。
傷ついて、可哀想で、
淋しくて、絶望に包まれて。
けれどユウヤに、食事も口にしない僕を見た彼に、死ぬ気か、それでいいのかと、殴られた瞬間気がついた。
これでは駄目なのだと。
だから僕は会いに行くんだ。何も言わずに別れたままの彼女に。
4階。
幸運なことに、どの階でも人一人乗って来ない。当たり前か、こんな深夜に出歩く人間なんていやしない。
彼女はちゃんと迎えてくれるだろうか?
大丈夫、きっと分かってくれるさ。
最初は怒られるかもしれない。でも彼女も、独りで心細いに違いないから。
ジーンズのポケットに手を突っ込んで、彼女に貰った懐中時計がないことに気がついた。
家から確実に持って来たのだから、落としたならおそらく入口前で携帯を取り出した時だろう。それなら大丈夫、すぐに降りるから見つかるはずだ。それにそのほうが、壊れずに済んでいいかもしれない。
9階。ここが彼女の部屋の階。
けれど僕は降りなかった。彼女がそこにいないことだけは、ちゃんと理解していたから。
エレベーターはどんどん上昇していく。
それにあわせて、僕の思考もどんどん澄んでいく。
彼女に会ったら、一体何を話そう。
キミが居なくなってどれだけ淋しかったとか、キミの式にたくさんの人が集まったこととか、話すことはいくつもある。
そしてもうすぐ来るはずだった、二人の記念日を祝おう。
思い出されるのは、太陽のような彼女の笑顔。
いつの間にか涙が流れていた。
こんなにも気持ちが空っぽなのに、心の奥が痛いのは何故だろう。
ポーン。
デジタル表記が最上階を示した。
なんのためらいも無くエレベーターの扉が開いた。
僕は彼女の好きだった歌を口ずさみながら外へ出た。
待っていて、サトカ。今行くから。
すぐに追いかけるから。
屋上の風は寒かった。
歩き出した僕の背後で、扉は静かに閉ざされた。
僕は誰もいないその箱に、晴れやかな心で乗り込んだ。
行き先のボタンを押す。すぐに扉が閉まって、エレベーターは昇って行く。
そう、答えは出たんだ。酷く簡単で、酷く呆気ない答えが。だから僕の心はこんなにも軽い。
僕は彼女に会いに行く。
あんな形で別れることになってしまった僕と彼女。心が潰れるんじゃないかというくらいに泣いて泣いて、誰にも会わずに部屋に籠った。
昼も夜も分からなかった。
自分が誰かも見失っていた。
傷ついて、可哀想で、
淋しくて、絶望に包まれて。
けれどユウヤに、食事も口にしない僕を見た彼に、死ぬ気か、それでいいのかと、殴られた瞬間気がついた。
これでは駄目なのだと。
だから僕は会いに行くんだ。何も言わずに別れたままの彼女に。
4階。
幸運なことに、どの階でも人一人乗って来ない。当たり前か、こんな深夜に出歩く人間なんていやしない。
彼女はちゃんと迎えてくれるだろうか?
大丈夫、きっと分かってくれるさ。
最初は怒られるかもしれない。でも彼女も、独りで心細いに違いないから。
ジーンズのポケットに手を突っ込んで、彼女に貰った懐中時計がないことに気がついた。
家から確実に持って来たのだから、落としたならおそらく入口前で携帯を取り出した時だろう。それなら大丈夫、すぐに降りるから見つかるはずだ。それにそのほうが、壊れずに済んでいいかもしれない。
9階。ここが彼女の部屋の階。
けれど僕は降りなかった。彼女がそこにいないことだけは、ちゃんと理解していたから。
エレベーターはどんどん上昇していく。
それにあわせて、僕の思考もどんどん澄んでいく。
彼女に会ったら、一体何を話そう。
キミが居なくなってどれだけ淋しかったとか、キミの式にたくさんの人が集まったこととか、話すことはいくつもある。
そしてもうすぐ来るはずだった、二人の記念日を祝おう。
思い出されるのは、太陽のような彼女の笑顔。
いつの間にか涙が流れていた。
こんなにも気持ちが空っぽなのに、心の奥が痛いのは何故だろう。
ポーン。
デジタル表記が最上階を示した。
なんのためらいも無くエレベーターの扉が開いた。
僕は彼女の好きだった歌を口ずさみながら外へ出た。
待っていて、サトカ。今行くから。
すぐに追いかけるから。
屋上の風は寒かった。
歩き出した僕の背後で、扉は静かに閉ざされた。
End.
Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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