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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 店の主人の好意に甘えて、珈琲を戴きながら雨が止むのを待つことにした。
 店主は自分のことを『彼方』と名乗った。まだ若く見えるのに、ここでこうして店をやっているのは随分長いらしい。

「鳥には、役割があるんだ」
 真っ白な陶磁のカップに琥珀色を注ぎながら彼は言った。

「人の想いを導く役割。不確かな道を真っ直ぐ歩けるように、道標となる役割だ」

「道標。迷わないように道案内をする鳥、ということですか」

 そうだね、近い。と彼は頷く。近いということは当たりではない、ということだ。
 ふいに彼方さんが店の中を振り返る。カウンターの向こうに広がる小さな空間、眠るように静かな、その気配。

「梨生には、全ての鳥籠に鳥は見える?」

 尋ねられて、僕もそれらを振り仰いだ。
 天井も壁も見えないくらいに並べられた銀の鳥籠。その中には勿論、数えきれない数の鳥たちが羽根を休めていた。時折ひっそりと鳴き声が聞こえ、羽音がバサバサと響く。

「ええ。どの籠にも鮮やかな鳥が入ってますね。色々な種類が揃ってる」

 鳥達の種類は本当に様々だった。尾羽の長い鳥、真っ青な鳥、きらきらと光を反射する鳥。中には僕の知らない、見たことのないような種類のものもいる。
 余程こまめに世話をしているのか鳥独特の臭いもない。僅かな鳴き声と羽ばたきの音がなければ、ここが『ペットショップ』だということさえ忘れてしまいそうだ。
 じっくりと眺め渡していると、彼方さんが心得たように頷く。

「じゃあ、君の鳥は今この店には居ないみたいだね」

 その言葉の意味が分からずに、ただ彼の顔を見返した。
 僕がぼうっとしているのを見ても、彼方さんは笑ったりしなかった。分からなくて当然と言わんばかりに、平然とお喋りを繋げる。

「自分の鳥はね、大抵見えないものなんだ。他人から見ればすぐに分かるのに、自分だけに分からない。だから皆、見つけるのに苦労する。自分の必要としているものがどんな姿をしているのかすら分からない」

「それって…」
 呟くと、思いがけず笑顔が返された。彼の顔を正面から見て、その微笑に弱い既視感を憶えた。

 そういうものなら知っている。他人には見えているもので、自分には見えないもの。必要で葛藤するのに、手に入れるのが困難なもの。
 そしておそらく、誰もが求めるもの。

「何かに似ている、と思う?」

「はい」

 抑揚と関心を押し殺した声が僕に尋ねる。僕は慎重に頷いた。
 すると益々、表情が朗らかになる。

「そうだよ。それが、鳥の正体だ。自分には見えなくて、なのに自分に一番必要なもの」

 勿論、信じる信じないは君の自由だけれど。
 そんな一言が、区切られた言葉の後に付け加えられた。


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 混沌魔王、と呼ばれる人物がいる。
 世の混沌を糧とし、世に混沌を齎(もたら)す者だ。

 その正体を知る人間はいない。一方で某国の頭だと噂があれば、有名大学の教授の裏の顔だ、首都に邸宅を構える財閥の子息だという憶測も飛ぶ。

 ある者は神と崇め、ある者は鬼と怖れる。
 しかし何れも、己に非を憶える者のみ。
 太陽の下を生きるものは誰も知らない。裏を返せば、日陰を生きる者でその存在を知らぬものはいない。
 


 
 常田麻斗がある都市の裏通りをぶらついている所に、彼は現れた。

 傷だらけの少年だった。ビルの合間の湿った暗がりに、倒れ伏すように息を潜めている。
 壁際に積み上げられたポリバケツのほうがまだマシに見えた。喧嘩でもしたのだろうか、真っ白な顔や腕は擦り傷だらけで、カッターシャツには泥と血がこびり付いている。右肩辺りの出血が酷い。
 その少年が、常田の気配に気付いて顔をあげる。

「匿って」

 少年の一言に常田は絶句する。それからすぐ思い直して、彼の元に駆け寄った。

「匿え、って、何からだ!?」
 なんでもいいよ。少年は投げやりに呟く。呼吸は乱れているが、意識ははっきりしているようだ。
「ファフナーでも特車二課でも、公安九課でも何でもいいよ。あんたには関係ないんだから」
「関係ないって…」
 少年は諦めるように目を逸らす。常田はその頭を捕まえて、闇を見据える視線を自分のほうへと引っ張った。

「それが匿えって頼む奴の態度か?こっちだって、何から匿うのかぐらい知らんと手助けしようがないだろうが」
 心中は波立つほどに動揺していたが、表面上だけは妙に冷静だった。その様子を見てか、少年の目が淋しげに揺らぐ。

「言っても信じないよ」
「信じるかどうかは、俺が決める」

 常田が言っても、益々表情を暗くするばかり。しかし、少年から鋭利な気配が消えたのを感じて彼は更に尋ねた。

「何に追われてるんだ」

 一瞬だけ、言葉に詰まるように虚空を見る。

 それから押し殺すように口にした。
 その、奇妙な一言を。

 
「『サーカス』」

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 こんな店があったなんて。
 良く通る道なのに、存在すら気付いていなかった。

 元々不思議な街だとは思っていた。受け入れてはくれるのに、全てを教えてはくれない、そんな雰囲気のある土地。もしかしたら僕の知らないものが、まだこの街には溢れているのかもしれない。

 そして、それより驚いたのは、この店を埋め尽くすもの。
 僕が目を奪われていたもの。

 それは、両の壁際に飾られている、沢山の鳥籠。

 床から積み重ねられ、天井からも所狭しと吊るされている、大きさも形も様々な鳥籠の数。その中に大人しくしている、様々な種類の鳥達。
 それなのに、店の中は驚くほどに静かで。

 一通り店を見渡してから、ふいに店主を振り返る。彼は変わらずにカウンターの横に居た。

「あの…初めてお会いしますか?」

「さて、どうだろうね」
 そう言うと彼は、複雑そうに笑った。

「ここは、鳥屋なんですか」

「そう。小さな鳥だけを扱う小さな店だ」

 店の中には僕と店主の声だけが響いた。こんなに鳥が居るのに、彼らは一声も鳴かなかった。見られている訳でもないのに視線を感じる。まるで僕のことを警戒しているようにも思えた。

 鸚鵡、鸚哥、雲雀、不如帰、鶯、金糸雀。雀や鳩までもが止まり木で羽を休めている。
 そしてどれもが、彼の言う通り小さいものばかり。

「けれど、ただの鳥ではない。――君、名前は?」

「梨生、です」

「そう。では梨生。ここに居る鳥たちがどんなものか、君には分かるかな」

「…いえ。分かりません」

 僕は少しだけ考えてから、すぐに首を振った。

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詳しくはFirstを参照ください。
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