むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
走り抜けていく先は、出来損ないの闇が反射していた。
惑わす揺らぎ。濡れた車道の下の深い光。
一瞬だけ視界を覆った雨粒が跡形なく掻き分けられて行く。対向車線に車の影はない。自分だけが走らされている、行き先不安の道。
小さな車の中に流れるスローテンポの洋楽。BGM。
ステレオのデジタル時計が、深夜10分前を無機質に表示する。
「――事故んねえかな」
ぽつりと呟いた言葉は願望というより気紛れな期待で。
始終続くゆるい痛みは、次第に強くなっている気がした。
――今日、何曜日だっけ。
休日出勤と不規則な平日休み。明日が休みでないことだけは理解している。
最近では明後日以降の未来のことを考えようとすると気が遠くなる。
慣れたつもりでいたが、何年経ってもこの不安は変わらなくて。
「明日は…明日には何を仕上げるんだった?」
辛うじてこなしている日々の『仕事』は綱渡りで、一歩間違えば体勢を立て直すどころか生きていられる気がしない。
一挙転落。でもそのほうが、いっそラクかもしれない。
一見真面目なのは退路がないからだ。回り道も逃げ道も見つからないから、じりじりと前に進むだけ。無理矢理にでも歩を進めることしか許されない。たとえ結果が芳しくなくとも。
だから、違う道さえ見つければこんな荒廃道、悦んで踏み外すのに。
雨が強くなった気がした。ワイパーの速度を一つ上にあげた。
全てが消えることは望まないから、せめて、先を見るために。
見えなければそれでもいいや。それもまた、深層的な期待。
見えなくなれば…逃れられない不可抗力ならば、止まることも出来るだろう。
「もう終わりでいいんだけどな」
――自分から立ち止まる勇気なんて、持ち合わせていない。
目の前の信号は赤の点滅。
右側の交差道からヘッドライトが近付いて来た。
濡れた車道の所為で一際目に刺さる眩しさ。
俺はその光が通り過ぎるのを待ってから、慎重にハンドルを切った。
惑わす揺らぎ。濡れた車道の下の深い光。
一瞬だけ視界を覆った雨粒が跡形なく掻き分けられて行く。対向車線に車の影はない。自分だけが走らされている、行き先不安の道。
小さな車の中に流れるスローテンポの洋楽。BGM。
ステレオのデジタル時計が、深夜10分前を無機質に表示する。
「――事故んねえかな」
ぽつりと呟いた言葉は願望というより気紛れな期待で。
始終続くゆるい痛みは、次第に強くなっている気がした。
――今日、何曜日だっけ。
休日出勤と不規則な平日休み。明日が休みでないことだけは理解している。
最近では明後日以降の未来のことを考えようとすると気が遠くなる。
慣れたつもりでいたが、何年経ってもこの不安は変わらなくて。
「明日は…明日には何を仕上げるんだった?」
辛うじてこなしている日々の『仕事』は綱渡りで、一歩間違えば体勢を立て直すどころか生きていられる気がしない。
一挙転落。でもそのほうが、いっそラクかもしれない。
一見真面目なのは退路がないからだ。回り道も逃げ道も見つからないから、じりじりと前に進むだけ。無理矢理にでも歩を進めることしか許されない。たとえ結果が芳しくなくとも。
だから、違う道さえ見つければこんな荒廃道、悦んで踏み外すのに。
雨が強くなった気がした。ワイパーの速度を一つ上にあげた。
全てが消えることは望まないから、せめて、先を見るために。
見えなければそれでもいいや。それもまた、深層的な期待。
見えなくなれば…逃れられない不可抗力ならば、止まることも出来るだろう。
「もう終わりでいいんだけどな」
――自分から立ち止まる勇気なんて、持ち合わせていない。
目の前の信号は赤の点滅。
右側の交差道からヘッドライトが近付いて来た。
濡れた車道の所為で一際目に刺さる眩しさ。
俺はその光が通り過ぎるのを待ってから、慎重にハンドルを切った。
End.
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三月兎が引いてくれた椅子に腰掛けると、テーブルの上にはあっという間にアフタヌーンティーの一式が並べられた。
帽子屋はというと、リラの正面の席に座って既にティーカップに口をつけている。
「この庭は彼が維持しているんです」
「庭を?ダミアンは執事長でしょう?」
「はい。でも『庭師』があんな状態ですから」
ジョシュアはちらりとテーブルの隅に視線を投げた。つられて目をやると、どうやら昼下がりのお茶会には先客がいたらしい。
しかし、その先客は突っ伏して寝息を立てていたが。
「彼は?」
伏せているので顔は見えないが、印象的な銀色の髪が陽光を反射させている。年の頃はおそらく、ジョシュアやダミアンよりはリラに近いだろう。
「《鼠》です。庭の手入れを取り仕切る存在。あまりに寝てばかりなので『眠りネズミ』と呼ばれています」
またひとつ新しい役職を知った。《鼠》は庭師のことらしい。この国では少し奇妙な役職名が並んでいて、リラを困惑させる。《兎》や《鼠》と冠されていても動物のそれとは異なるのだ。つくづく、自分の国とは仕組みが違うのだと思い知らされる。
しかし、リラを一番困らせているのはそんなことではなくて。
「この国には慣れましたか」
三月兎…執事長が紅茶を淹れる様子を見つめていると、ふいにジョシュアが尋ねた。
「うーん…そうねぇ」
答えを待つように、帽子屋と三月兎、二人分の視線がリラに注がれる。
「慣れたといえば慣れたけれど、慣れないといえば慣れないわね」
「なにがいけません?」
尋ね加えたのはダミアンで。リラは少し言いよどんでから口にした。
「…なにもしなくていいこと」
真っ白なティーカップが差し出される。その中の芳しい茶色を見つめながら、言葉を繋げる。
「ホワイト・ラビットは…フィンは何もしなくていいというけれど、本当にいいの?アリスは国を纏める存在なんでしょう」
「事実、なにもしなくてもいいでしょう?」
ジョシュアは慰めるように問いかける。リラが顔を上げると、優しい笑顔が迎えた。
「アリスというのは、この国の柱で、この国の象徴なんですよ。アリスさえ居ればこの国は姿を保っていられる。今はまだ不安定ですが、そのうち大地も空も元通りになります」
「…前のアリスが消えたから、この国も消滅しかかったのよね」
それは文字通りの『消滅』。事実、この世界は今も不安定さから解放されない。
リラがこの場所に来てからずっと、空の色は薄く、太陽と月が一緒に出ている。城壁の外、広大な草原はあちこちうねっているし、小川のせせらぎはどこかでせき止められているのか、絹糸ほどしか流れていない。平静を保っているのは城壁の内側だけ。
それらは納まってきているというが、リラの目には変わらず異常にしか映らない。
だから少女は悩むのだ。
帽子屋はというと、リラの正面の席に座って既にティーカップに口をつけている。
「この庭は彼が維持しているんです」
「庭を?ダミアンは執事長でしょう?」
「はい。でも『庭師』があんな状態ですから」
ジョシュアはちらりとテーブルの隅に視線を投げた。つられて目をやると、どうやら昼下がりのお茶会には先客がいたらしい。
しかし、その先客は突っ伏して寝息を立てていたが。
「彼は?」
伏せているので顔は見えないが、印象的な銀色の髪が陽光を反射させている。年の頃はおそらく、ジョシュアやダミアンよりはリラに近いだろう。
「《鼠》です。庭の手入れを取り仕切る存在。あまりに寝てばかりなので『眠りネズミ』と呼ばれています」
またひとつ新しい役職を知った。《鼠》は庭師のことらしい。この国では少し奇妙な役職名が並んでいて、リラを困惑させる。《兎》や《鼠》と冠されていても動物のそれとは異なるのだ。つくづく、自分の国とは仕組みが違うのだと思い知らされる。
しかし、リラを一番困らせているのはそんなことではなくて。
「この国には慣れましたか」
三月兎…執事長が紅茶を淹れる様子を見つめていると、ふいにジョシュアが尋ねた。
「うーん…そうねぇ」
答えを待つように、帽子屋と三月兎、二人分の視線がリラに注がれる。
「慣れたといえば慣れたけれど、慣れないといえば慣れないわね」
「なにがいけません?」
尋ね加えたのはダミアンで。リラは少し言いよどんでから口にした。
「…なにもしなくていいこと」
真っ白なティーカップが差し出される。その中の芳しい茶色を見つめながら、言葉を繋げる。
「ホワイト・ラビットは…フィンは何もしなくていいというけれど、本当にいいの?アリスは国を纏める存在なんでしょう」
「事実、なにもしなくてもいいでしょう?」
ジョシュアは慰めるように問いかける。リラが顔を上げると、優しい笑顔が迎えた。
「アリスというのは、この国の柱で、この国の象徴なんですよ。アリスさえ居ればこの国は姿を保っていられる。今はまだ不安定ですが、そのうち大地も空も元通りになります」
「…前のアリスが消えたから、この国も消滅しかかったのよね」
それは文字通りの『消滅』。事実、この世界は今も不安定さから解放されない。
リラがこの場所に来てからずっと、空の色は薄く、太陽と月が一緒に出ている。城壁の外、広大な草原はあちこちうねっているし、小川のせせらぎはどこかでせき止められているのか、絹糸ほどしか流れていない。平静を保っているのは城壁の内側だけ。
それらは納まってきているというが、リラの目には変わらず異常にしか映らない。
だから少女は悩むのだ。
かすかに曇った闇の中を、懐中電灯を手に進んだ。
古びた大きな屋敷。手入れされなくなって久しい、埃の痕跡。
自分の足音以外は何も聞こえない。
誰も居ない、板張りの廊下。
――お姉ちゃん。
囁く声で、どこかに居る筈の姉を呼ぶ。
赤色の蝶を追いかけて、いなくなってしまった姉。
導かれるように行ってしまった。古い屋敷の奥へ奥へと。
止める声も、聞こえていないようだった。
観音開きの扉を開ける。
こんなに立派な家屋なのに、住人らしきひとには遭っていない。
それどころかこの村には、もう人が住んでいる様子はない。
けれど、ずっと。
誰かに見られている気がする。
早くここを出なきゃ。
手の震えや、背筋に張り付く冷たさを、頭を振って振り払って。
お姉ちゃん。何処へ行ったの?
今、追いつくから。
だから。
今度こそ。
「今度こそ、いつまでも一緒にいよう」
少女は違和感に口元を抑えた。
…どうして。
今、どうして、『一緒に帰ろう』じゃなかったんだろう。
けれどその疑問も、ほどなく不安の霧に紛れて掻き消えてしまった。
とにかく今は、姉を探さなければ。
少女はふと格子戸の外を見上げた。
浮かぶ真円の月。その傍らに、紅い蝶を見た気がした。
――もう、おいて行かないで。
二人きりの、双子の姉妹。
少女達は鳥居をくぐったあの瞬間から、終わることのない夜の中を彷徨っている。
End.
『零~紅い蝶~』のあとに
Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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