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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「――何故、お前がそれを持っている」

 コウヤという男は、動揺を隠しながらじっとボスの顔を見つめていた。

「それは…」
 立ち入り禁止区域のエレベーターホール。新米秘書風の彼の手には、執務室に上がるための認証キー。勿論、ホストキーは私が持っているのだから非合法に作ったスペアだ。
 殺気と猜疑に溢れたボスの視線。そんなものを向けられても、迷い込んだネズミは怯まなかった。

 銀縁の向こう、むしろ、その瞳は何の色も無く。
 それを見てわたしは気がついた。ああ、彼はネズミではないのだと。

「捕らえろ」
 その一言で、ホール前に『警備』が溢れた。殺傷用の銃を携えた人間の群れ。しかし高谷は警備の隙をついて、人の波の間をすり抜け駆け出した。

「『鈴花』」
「はい」
 そのやり取りだけで、わたしもまた戦線に駆り出される。鈴は時として盾に、そして、時として刃になる。

 しかし、わたしの心は違っていた。
 何をするべきなのかを知っていたからだ。これから起こることのために、わたしが取るべき道は見えていた。
 
 そして、わたしの行く末も。
 
 
 迷路のように入り組んだ建物の中では簡単に追いつくことが出来た。
 けれども彼も、人間にしてはうまく隠れている。その証拠に、他の警備の人間は誰一人彼の居場所を特定できていない。

 地下一階、裏口まで僅か数メートルの予備リネン室。まるで人の気配もない、ビルの人間でも見落としがちな小さな部屋は器用に鍵が外されていた。
 その扉の前で、わたしは彼の到着を待っていた。
 
 程なくしてやってきたのは、先刻の高谷という男。
 彼は待ち伏せしていたわたしを見て、反射的に懐に手を入れた。何を求めたのかも定かでないまま、それをやんわりと制す。
 勿論、彼が驚いたのは言うまでもない。そして更に彼が驚くべき言葉を投げかける。


「こっち」


 混乱と警戒の色が交じる。当たり前だ。彼を侵入者だとすればここは敵の本拠地で、わたしは彼の敵ということになる。

「お前…」

「裏口はもう固められてる。逃げるなら運搬口がいいわ」

 その言葉を信用してもらえると思ったわけではなかった。けれどそんなことはどうだっていい。例えば高谷がわたしを信じずに捕まってしまっても、つまりは彼の運命が『それまで』だってことだけだ。

 きっとそれはそれで、運命は転がっていく。
 綺麗に軌道を修正されながら。


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仲間が一人去る度に
心は血を流した
また私は逝きそびれたのか
体と心を裂くやるせない想いは
ひとりひとりと減る度に
癒えない傷をじくじくと刺す
 
去った仲間達は安堵しているだろう
別れの度に感じたあの痛みから解放されたことを
しかし残された私は
相変わらずそれを抱え込む
 
取り残された私を
仲間達は覚えていてくれるだろうか?
理という鎖から解放された彼らは
まだその中に身を置く私を忘れているだろう
既に理を忘れたように
別れの痛みも
忘れて
残された私には
変わらずその痛みがやってくることも忘れて
 
空に浮かんでいく彼らを見て
私は更に地に沈む
 
楽になって行く
次こそは私の番と
淡い諦めにも似た陰りが体を包む
刹那
 
そしてその魅惑に呑まれたものは
早く楽になりたくて
また一人去る
 
しかし私はここを動かない
次に誰が去ろうと
誰が痛みを与えようと
残された
私は
去っていった彼らの分も
哀しみと痛みに苛まれながら
僅かに残された希望に身を委ねるのだ
彼らが置いて行ったものを
全て
この体に刻み付けて行く
痛みも哀しみも
喜びも想いも
 
次は決して訪れない
私の番はやって来ない
彼らの痛みを全て
この身に引き受けなければならないからだ
でなければ
誰がその痛みを覚えていられるだろう?
これは使命だ
これは天命だ
 

例えこの場所に最後の独りになろうとも

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 おそらく、猫の住処に紛れ込んだネズミなのだろう。
 早々に気がついたけれど、気紛れで黙っておくことにした。
 素知らぬ顔で猫の爪を齧ろうとするネズミ。その行為は無茶で無謀だから、猫はその紛れ込んだひ弱な来客に気がつきもしていなかった。

 気がついたのは猫の首にぶらさがった鈴だけ。
 つまり、わたし。



 
 薄暗くギラギラと派手なパーティーは、高級な絹のカーテンを取り払ってしまえば汚れたコンクリートが顔を覗かせる。
 それくらいあからさまな、見せ掛けの偽善。
 わたしの働く場所は、裏と表が真逆だ。裏の顔こそが本性の、闇の中で蠢くような組織だった。
 ここに来る前も似たようなものだった。命がひとつしかない人間のために、警戒と護衛の役割を果たす。時には盾に、時には身代わりに。
 それを嫌悪したことはない。だって、それこそがわたしの存在する意味だから。

 選択肢は初めからありはしない。零か百か、それだけ。
 もし零であるならば、私の存在意義は欠片もないってこと。そして私の価値は、少しずつ零に近付いている。


 骨格のがっしりした『組織のボス』の横で、私はまるでお人形のように着飾って大人しくしている。エメラルド色のカクテルドレス、胸元に下がる真珠。全てはボスの趣味だ。
 まるで彼の娘のように。こうしていれば誰も、わたしを盾だとは思わないだろう。
「リンファは何か飲むか。シャンパンでいいか」
「はい」
 可愛らしく頷いてみせ、銀色の指輪が光る手からグラスを貰って口をつける。シャンパンに不似合いな有害成分は感じられない。そのままその手にグラスを返した。ボスは頷くこともなく何食わぬ顔でアルコールを口に含んだ。
 シャルドネを味わうボスを尻目に、わたしはもう一度会場内を見渡した。
 
 『彼』が居るのは西側のテーブルの壁際だった。ダークグレーのスーツで髪を後ろに撫で付け、銀のフレームの眼鏡を着けた新米秘書のような出で立ちで、ある男の後ろに控えている。
 上司らしき男の顔と名前は知っている。ボスの統括する子会社の社長だ。きっとあの様子では、仕えているはずの男も気付いていないだろう。
 彼は“別物”だ。何を狙っているのか、何を嗅ぎ回っているのか、悪とも善とも違う異質な存在。

「その話は全て君に任せるよ、高谷」
「畏まりました」
 座標を会わせて、彼らの会話を拾う。その男はコウヤと名乗っているらしい。恭しく頭を垂れて、男の信頼を買っている。
 本当に、人間は暢気なものだ。


 だからその中で騒動が起きたとき、思わずわたしは笑ってしまった。
 馬鹿な人だな。折角見逃してあげていたのに、自ら罠にかかるなんて。


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詳しくはFirstを参照ください。
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