むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
それから数時間後の、住宅街にある公園の隅。
まだ短い春の日は既に斜陽の様相を呈していた。人間の子どもたちが騒々と賑わう遊具所の茂みの向こうには、また違う集まりが出来ていた。
がさがさと草木を揺らしてやってきた斑の毛並みを見て、その中の一つが顔をあげた。
―お、来た来た。
―やあ、ごめんごめん。なかなか妹が寝てくれなくってさ。少し遅れたかな。
揃って丸くなっているその輪に加わりながら言う。それに灰色が一言を返した。
―いやいや。皆今集まったところだよ。…それにしても君、最近大人しいね。
―そうかい?
―そうさ。やっと周りが見えてきたというか。こうしてしっかり集会にも参加するしね。
―まぁね。僕もいつまでも、ぼんやりしていられないからね。
今合流したばかりの彼がくすぐったそうに首を傾げた。
芝生の上に集まるのは、まだ冬毛に身を包んだ大勢の住人達だ。その大半は家を持っているが、始終籠っているばかりではなくこうして集会を開いているのである。
斑の彼の話を聞いて、縞模様の彼が言う。
―まさか、家に居るのが嫌になったんじゃないだろうね。自由を求めすぎるのはお勧めしないよ。
彼はぶるぶると首を振る。その首元でちりんと鈴が鳴った。
―分かっているよ。別に、あの人たちが嫌いなんじゃないんだ。ただ、もっと目を開けなきゃって気付いただけで。
そう語る彼の琥珀色の目は、家に籠りっ放しだった以前とは違ってきらきらと輝いていた。
瞳の中に橙色の空が映る。眩しくて暖かい、優しい色だった。
すぐ側の灰色の彼に合わせるように体を屈めて、大きく欠伸をする。
暖かい陽射しに、その少し眠たげな目を細めて。
―でもやっぱり良いよ、うちでゆっくり過ごすのもね。
そう、満足そうに、自慢のヒゲをなでながらにゃあと鳴いた。
まだ短い春の日は既に斜陽の様相を呈していた。人間の子どもたちが騒々と賑わう遊具所の茂みの向こうには、また違う集まりが出来ていた。
がさがさと草木を揺らしてやってきた斑の毛並みを見て、その中の一つが顔をあげた。
―お、来た来た。
―やあ、ごめんごめん。なかなか妹が寝てくれなくってさ。少し遅れたかな。
揃って丸くなっているその輪に加わりながら言う。それに灰色が一言を返した。
―いやいや。皆今集まったところだよ。…それにしても君、最近大人しいね。
―そうかい?
―そうさ。やっと周りが見えてきたというか。こうしてしっかり集会にも参加するしね。
―まぁね。僕もいつまでも、ぼんやりしていられないからね。
今合流したばかりの彼がくすぐったそうに首を傾げた。
芝生の上に集まるのは、まだ冬毛に身を包んだ大勢の住人達だ。その大半は家を持っているが、始終籠っているばかりではなくこうして集会を開いているのである。
斑の彼の話を聞いて、縞模様の彼が言う。
―まさか、家に居るのが嫌になったんじゃないだろうね。自由を求めすぎるのはお勧めしないよ。
彼はぶるぶると首を振る。その首元でちりんと鈴が鳴った。
―分かっているよ。別に、あの人たちが嫌いなんじゃないんだ。ただ、もっと目を開けなきゃって気付いただけで。
そう語る彼の琥珀色の目は、家に籠りっ放しだった以前とは違ってきらきらと輝いていた。
瞳の中に橙色の空が映る。眩しくて暖かい、優しい色だった。
すぐ側の灰色の彼に合わせるように体を屈めて、大きく欠伸をする。
暖かい陽射しに、その少し眠たげな目を細めて。
―でもやっぱり良いよ、うちでゆっくり過ごすのもね。
そう、満足そうに、自慢のヒゲをなでながらにゃあと鳴いた。
End
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―うちの子、最近静かなのよね。
優紀子はリビングでコーヒーを啜りながら、幼稚園仲間の友人に零した。
襖を開け放した隣室では、我が子と友人の子が楽しそうにクレヨンを握っている。
勢い余ってフローリングにまで筆を伸ばしてしまわないかと冷や汗をかくが、ここで彼女の言う『うちの子』というのはその娘のことではない。
「夕飯の時も大人しくて。ご飯をねだらなくなったし、静かに出されたものを食べているのよ。はしゃいでテーブルの上に乗ることもない、我が物顔で椅子を占拠することもない。それに最近は、ちゃんと外に出たがるの」
「いいじゃない?そのほうが健康的で。悪戯も減ったんなら、言うこと無しじゃない」
「そうなんだけど…」
友人の相槌に、優紀子は煮え切らない返答をする。
「なんだか不思議で仕方ないっていうか。布団に潜り込んで来なくなったのも、最近は慣れたけど寝心地が違うのよね。でも、人離れしたって訳じゃないみたいなのよ。愛美にじゃれつかれても迷惑な顔ひとつしないで相手してくれてるみたいだし」
いいことじゃない、と友人が益々頷く。
それから優紀子の不安の種を取り除こうと目を眇めた。
「今までが懐っこ過ぎたのよね、きっと。だからなんとなく落ち着かないんだわ」
「そうかしら?」
「そうよ。だって、今も昔も家族には変わりないんでしょう?」
そうしてソファの端で眠っているその子に目を向けた。娘達から少し離れた、部屋の中でいくらか静かなその場所に丸くなっている一匹の。
いくらか眺めていると、とがった耳がひくひくと動いた。
優紀子は勢い込んで頷く。
「勿論よ。あの子だって愛美と同じでうちの子だわ。言葉は分からなくても、それは変わらないもの」
そう、家族であることには変わりないのだ。
手のつけられないくらいお転婆だった少し前も、まるで本当に借りてきた猫のように落ち着いた今も。
大人しいことは悪いことではない。寧ろ和室の襖で爪を研がなくなったことも喜ばしいことだ。
ただ、ほんの少しくすぐったいだけで。
「でも、納得いかないって顔ね」
友人は優紀子の様子を見てくすくすと笑った。一方の優紀子は考えるように少し首を傾げる。
「そうねぇ」
呟きながら、彼女もまたソファの端に目をやる。
「やっぱり、静かなら静かで淋しいものよね」
前足後足を折り込むようにして眠るその姿は、見ているだけで心が癒される。
呼吸に合わせて小さなお腹が上下していた。斑の毛並みが太陽の光を浴びてなんとも暖かそうだった。
優紀子はリビングでコーヒーを啜りながら、幼稚園仲間の友人に零した。
襖を開け放した隣室では、我が子と友人の子が楽しそうにクレヨンを握っている。
勢い余ってフローリングにまで筆を伸ばしてしまわないかと冷や汗をかくが、ここで彼女の言う『うちの子』というのはその娘のことではない。
「夕飯の時も大人しくて。ご飯をねだらなくなったし、静かに出されたものを食べているのよ。はしゃいでテーブルの上に乗ることもない、我が物顔で椅子を占拠することもない。それに最近は、ちゃんと外に出たがるの」
「いいじゃない?そのほうが健康的で。悪戯も減ったんなら、言うこと無しじゃない」
「そうなんだけど…」
友人の相槌に、優紀子は煮え切らない返答をする。
「なんだか不思議で仕方ないっていうか。布団に潜り込んで来なくなったのも、最近は慣れたけど寝心地が違うのよね。でも、人離れしたって訳じゃないみたいなのよ。愛美にじゃれつかれても迷惑な顔ひとつしないで相手してくれてるみたいだし」
いいことじゃない、と友人が益々頷く。
それから優紀子の不安の種を取り除こうと目を眇めた。
「今までが懐っこ過ぎたのよね、きっと。だからなんとなく落ち着かないんだわ」
「そうかしら?」
「そうよ。だって、今も昔も家族には変わりないんでしょう?」
そうしてソファの端で眠っているその子に目を向けた。娘達から少し離れた、部屋の中でいくらか静かなその場所に丸くなっている一匹の。
いくらか眺めていると、とがった耳がひくひくと動いた。
優紀子は勢い込んで頷く。
「勿論よ。あの子だって愛美と同じでうちの子だわ。言葉は分からなくても、それは変わらないもの」
そう、家族であることには変わりないのだ。
手のつけられないくらいお転婆だった少し前も、まるで本当に借りてきた猫のように落ち着いた今も。
大人しいことは悪いことではない。寧ろ和室の襖で爪を研がなくなったことも喜ばしいことだ。
ただ、ほんの少しくすぐったいだけで。
「でも、納得いかないって顔ね」
友人は優紀子の様子を見てくすくすと笑った。一方の優紀子は考えるように少し首を傾げる。
「そうねぇ」
呟きながら、彼女もまたソファの端に目をやる。
「やっぱり、静かなら静かで淋しいものよね」
前足後足を折り込むようにして眠るその姿は、見ているだけで心が癒される。
呼吸に合わせて小さなお腹が上下していた。斑の毛並みが太陽の光を浴びてなんとも暖かそうだった。
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冬に包まれる季節。
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